おなじ穹を見ている | ナノ


おなじ穹を見ている...


Love does not consist in gazing at each other, but in looking together in the same direction.



シュリーナガルの難民達の移送と、ミールを目的地へ運ぶための移動作戦は困難を極めていた。
フェストゥムの襲撃に加え、人類軍からも追われる事となった今の状況はまさに最悪である。
しかしもうずっとフェストゥムからも人からも追われ続けて生きてきた竜宮島の面々は、敵や同じ人間への憤りや悲しみはあれど、それぞれが過酷な状況の中でも微かな希望を信じて前に進む事を諦めない。

度重なる戦闘の中、稀有な機体であるザルヴァートルモデルのパイロット皆城総士と真壁一騎。
両名は最初こそ護りの要として、戦力を温存すべく待機を命じられていたが、先を進むにつれ消耗と激化を辿る戦況。次第にニヒトとザインも出撃の頻度が増えていた。
今も敵意あるフェストゥムの群との戦いを終え、ベースキャンプへ帰還する前に目視での状況確認のため、二人はファフナーのコックピットから外界へと降り立つ。

重厚な鉄の巨体であるニヒトとザインの両機体を背に、眼前に広がる光景は酷く殺伐としていた。
地平線が見える程に気が遠くなる広大な大地。そこかしこの地表に争いの跡が刻まれ、皮肉な程に青く美しい空には黒い硝煙が立ち上っている。
時折風に交じって砂塵が辺りを舞い、荒れ果てた悲惨な地上と澄み渡る美しい蒼穹の天上が、奇妙な風合いで共存していた。



「陸路でここを通るのはもう無理だ。ルートを変更し迂回して先を急ぐしか無い」



焦土と化した大地を踏み締めながら、攻撃により広範囲に渡ってえぐり取られ、目の前の地面は歪(いびつ)に凹んでいた。
それに対して言葉を発した総士の左隣へ肩を並べ、一騎はそっと彼の様子を目の端で伺う。
整った横顔には疲労と微かな緊迫感が滲んでいて、その出で立ちは自分と揃いで側頭部から頬に沿うように装着されたヘッドセットと、濃紺の戦闘着に身を包んでいる。

シナジェティックスーツ、ファフナーに乗り戦うための姿。

幾度と無く自分も袖を通し仲間達も身に纏ってきたそれを、総士が着ている事への違和感がまだ少なからず一騎の中にはある。
その姿を見馴れつつはあるのだけれど、それでも一騎にとって二人で島を出てからは見た事のない様子の総士を垣間見る連続だった。
勿論戦闘時や非常時にそんな事を考えたり思ったりする余裕なんて無いから、大概はこうして全部終わって少しだけ落ち着いた後で改めて気付くのだ。
シナジェティックスーツ姿だったり、ニヒトに乗っている時の様子だったり、戦闘時におけるクロッシングだったり、些細な事から大きな事まで。
それは目まぐるしく押し寄せる苛酷な状況と悲惨な日々の中、迫る命のリミットに何処かふわふわと覚束ない一騎を、時折引き戻すかのように心へ引っ掛かっかる。

見た目の次に気に掛かったのは、恐らく内面…。そう変性意識についてだった様に思う。
常に冷静を保ち自分の感情を表には出さない総士。そのせいで冷たい人間だと周囲に誤解された過去があり、かなり軟化してはいるものの、生真面目で繊細な不器用さは今でも健在だ。
そんな総士がファフナーに乗り初めて共に戦い見せた顔。
場を支配し敵を冷酷に追い詰め、不遜に命令を下す威圧的な姿にゾクゾクした。
本人は淡々と敵を殲滅している様に見せているつもりだが、溢れ出す支配欲はまったく隠し切れてはいないし、感覚や思考を共有している分、一騎には彼の内に沸く感情や思考は手に取る様に知る事が出来る。
勿論逆に一騎の事も総士へは筒抜けなのだが、初めてファフナーに乗ってから幾度もジークフリードシステムで繋がっていたのだから今更だ。
変性意識による後ろ暗い感情の罪悪感や、総士を傷付けた事への後ろめたさ、それらがさらに気まずさを生み酷い拗らせ方をしたのも、今では苦いけれど大切な思い出となっている。

閑話休題、とにかく「敵を屠る」時の総士から流れてくる感情は敵に対する残酷な衝動。それにファフナーに乗って自分も戦える事への微かな喜びと、自身の機体であるマーク・ニヒトへの強い憎悪。

前者は何と無く理解出来た。
そもそも総士はファフナーに乗れ無かったのだから。
その原因とも言える彼の左目の傷は一騎が刻んでしまったものだ。
総士にとっては同化衝動から解放され、「どこにもいなかった自分」を皆城総士として確立させた大切な傷。
傷つき見えない左目は総士を総士たらしめるアイデンティティーになった。
けれどそれと引き換えにファフナーに乗り左目の視力を取り戻す事は、「どこにもいなかった自分」を思い起こさせるのだ。
だからノートゥングモデルの特性である「自我を眠らせ別人格を受け入れる」と言うコード形成を成す上で重要な変化を総士は受け入れられず、ファフナーへの搭乗を無意識に拒んでしまう事態に陥った。
結果、指揮官としての道を選ばざるをえなくなり、常に仲間を戦場に送り続ける立場と不器用さ故に孤立を深めた。
本来ならば島とコアを守るためにその身を捧げるべく定められた存在なのに、自分が自分であるために機体に乗れないジレンマが、彼にとってどれ程歯痒く苦痛であったかは想像に難くない。
だから命を削るファフナーへの搭乗を普通は喜べる訳もないのに、彼にとってはそれらを差し引いても自らが戦える事に嬉しさを感じるのだろう。
総士から流れてくるそんな微かな感情の意味を一騎はそう解釈していた。
だったら後者はどうだろうか?


(総士はニヒトを憎んでる)


それに関しては島に居る時から、何と無く嫌悪しているであろう事には気付いていた。
マーク・ニヒトと言う機体をどうにかして処分すべく、総士自身が解体作業のプロジェクトに積極的に関わっていたのだ。
しかしニヒトから抵抗され作業は思った様に進まず、その上戦闘中に通信へ勝手に干渉してくる始末だった。
それらを頑なに拒否し自分の命をかけて廃棄するとまで言っていたそれに、総士は織姫の命に従い乗る事となる。
戦力として必要なのだと表面上は割り切っているつもりでも、内側に燻らせているのだ、強く哀しい憎しみを…。
一度島を沈めかけただけでも、島やコアを守るために生きている総士にとっては、許す事が出来ない忌むべき機体なのかもしれない。


(まあ、それだけじゃないのかもしれないけど…)


結局はいくら考えても憶測でしかないが、一騎とザインがそうである様にファフナーは己自身の器の形だ。
彼らに思考したり意思があるなんて考えた事は無かったが、自分の姿が写し鏡のように投影されていると感じるところはあった。
だからふっと『同族嫌悪』なんて言葉が浮かんで、一騎は笑いそうになってしまう。
嫌そうな顔をする総士の顔が容易に想像出来てしまったのだ。


「どうかしたか?」


流石にこの距離では笑いを押し殺す気配を隠し切れず、総士が不思議そうにこちらを見た。


「ううん、何でもない」

「その割にはやけに深刻に考え込んで、かと思えば急に笑い出した」

「こんな場所でも総士と二人きりなのが嬉しい…、とか思ってただけかも?」

「嘘は感心しない」


呆れた色を滲ませた総士の鳩羽紫(はとばむらさき)の瞳と目が合う。
落ち着き払ったその二つの宝石に先程の戦闘で見せた支配欲も、荒々しくニヒトを煽っていた苛烈さも見当たらない。


「ごめん、でも総士の事考えてたのは本当だ」

「僕の事?」

「何でだろうな。ファフナーに乗った総士を見て、こうして話してると…」


見馴れなかったはずが見馴れ始めてしまったシナジェティックスーツ、ジークフリードシステム以外で共有する生身での戦場の空気、ニヒトへの嫌悪、知っていた様で知らなかった姿。
それらが何と無く気に掛かって、少しずつじわりじわり侵食される。


「一騎?」


言葉を途切れさせた一騎に総士は促す様に微かに首を傾けた。


「ここが、ジリジリするんだ」


一騎は濃紺の生地の胸元をギュッと指で掴んだ。

知っているはずで知らない総士の一面を見る度に溢れて、溢れて、溢れて。ジリジリと、…焦がれた。


「知ってるはずなのに、実はやっぱり俺は総士を何も知らないんじゃないかって気になって。今更そんなの有り得ないのにな」


そう有り得ない、自分達はそんな事で不安になる様な弱く脆い関係ではないのだ。
なのにもどかしく渇望するみたいに、酷く飢えた気分になって満たされたくなる。


「今になって、お前もそんな風に思ってくれるんだな」

「お前もって?」


総士が苦笑しながら頷き、少し懐かしそうな表示を浮かべた。


「昔の話しだ。最もあの頃は今のお前みたいにちゃんと自覚があった訳じゃない。一騎がファフナーに乗る事で初めて知った一面や思考や感情…、知らないお前の一面に戸惑って理解したくて焦がれた。今にして思えばそんなお前を全部自分の中で包んで護ってやりたかったんだろう、しかし僕の背負った役目でそれは絶対に許されない。ただ残酷な現実を突き付け傷付けるだけの自分が辛くて嫌で、それでも役目を果たすために全部諦めたはずだった。なのにお前だけは、どうしても分かりたかったし分かって欲しかった。だからシステムを解しただけで、お前の全部を理解した気になってごまかしていたんだろう。幼くて未熟で傲慢だった」


肩を竦め少し苦い笑みを浮かべた総士は、幼い子供にも遠い大人にも見えて、また一騎の知らない顔だと胸が疼いた。


「なあ、総士。その頃の総士もこれから先の俺の知らない総士も全部引っくるめて、もっともっと俺の中にお前が深く入り込んて染み付いてしまえば良い。総士が許されないなら、これは俺が護るよ」


掴んでいた胸元の指を解き、まるでは初恋に熱を上げた様な烈しい恋患いみたいな言い草だ。


「今更か?」

「うん、もうこれ以上ない位に総士は俺の中を満たしてるけど、今更そう思った」


クスクスとどちらともなくこの殺伐とした風景にはそぐわない、楽し気な笑い声が漏れた。


「そう言えばあの頃遠見に言われた事がある、そんなに一騎の気持ちに入り込みたいのかって」

「お前、何って答えたんだ」


一騎が問うと総士は、見詰め合っていた視線を不意に硝煙の向こう、青い果ての地平線へと移す。
それに釣られて一騎もまた、深い空の彼方へと目を向けた。


「それは、…いけない事か?」


ぽたりと、総士の言葉は一騎の胸に落ちてまるで水面に広がる波紋の様に伝わる。

生きている限り人は変化し続ける生き物で、どれだけ知ったつもりでいたって相手の全てを理解する事も分かり合う事も一生ないのだ。
どれだけ想いを傾けても、どれだけ深く願っても、どんなに互いに向き合い見詰め合ったとしても、そこに見えるのは自分の主観から見た相手の一部分でしかない。
永遠に一つにはなれない平行線。それを悲しいだとか淋しいだとか思わなくもないけれど、その孤独も苦悩も虚しさもここに生きている事に伴う痛みだ。

そして、痛みは…


(これもお前の祝福なんだな、総士)


すとんと心に降ったその感情に一騎の唇が緩む。
そして思う、嗚呼まだこの胸を痛め焦がせる自分がここに居る…。その事実に一騎は自身で安藤した。
生き急いでいるつもりなんて無かったけれど、それでも己の生存限界を思うと何処かフワフワとした心地で、自分が居る意味を残された時間で見い出だそうとすればする程、一騎をいっそう覚束なくさせている。

そこに打ち込まれた、これは楔だ。

終わりの時が近くとも、どんなに変わり果てたとしても、それがお互いなら許し労り支え愛し合う。
例え「生と死」に「存在と無」に「天と地」へ、分かたれ引き裂かれてしまっても。永久の平行線と孤独にさ迷う事になっても、この気持ちに、この心に、この魂に染み付き刻まれたものまでは、ここにいたと言う存在の証だけは、きっと何者にも奪えない、奪わせない。
誰かの気持ちに心に魂に深く入り込むと言う事は、この淋しくて悲しくて孤独な世界で許された、唯一の存在証明の様な気がした。
覚えていて欲しいいつか朽ちてなくなってしまっても、気持ちは心は魂は…目に見えないそれらだけは消し様がないから。
そして二度と互いを見つめ合えなくなってしまっても、同じ方向を向きさえしていれば、何処かでまた約束の場所へ再び巡り辿り着けるのだろう。


「いけなくなんてない。だって俺はこの先も、この気持ちに存在する総士とずっと同じ空を見ていたい」

「………僕もだ」


荒れて刔れた大地、巨体のファフナーを背に、砂煙りの混ざった戦場の風が総士の亜麻色の髪と一騎の濡れ羽色の髪を攫う。
目指す先は遥か遠く、この先に進む道はさらに過酷さを増す事が予測される。
それでも彼らの瞳は困難な道行のその果ての果て、悠久の時のへ馳せられている様に見えた。


まるで、遥か彼方



きっと二人がいつか巡り会うその日の



同じ穹を見ている






Love does not consist in gazing at each other, but in looking together in the same direction.

(愛は、お互いを見つめ合うことではなく、ともに同じ方向を見つめることである)



END.


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