口から摂取したお酒は胃や腸から血中に溶けて肝臓へと到達する。
肝臓でのアルコール分解は一度にその全てを処理する事が出来ない。
その結果、血の中に残留するアルコール成分は心臓を経て全身へと回るのだ。
そうして血液によって運ばれ脳に達したそれは、神経細胞を麻痺させ「酔い」という症状を引き起こす。
飲み慣れれば強くなるなんてよく聞くが、そもそも酒への耐性と言うものは、生れつきか遺伝体質に寄る所が大きい。
アルコールの分解物質であるアルデヒド脱水素酵素には、アセトアルデヒドが低濃度の時に働くタイプと、高濃度にならないと働かないタイプがある。
調査によれば日本人の半数は後者で、生まれつき酵素の活性が弱いか欠けているかしていて、アルコールを速やかに分解できず少量の酒でも酔いやすい傾向にある。
つまり日本人の二人に一人が『酔っ払い』になりやすいと言う統計だ。

二十歳を迎えルームシェアと言う名目の同棲を開始して、初めて宅飲みなんて物をやった結果、総士と一騎は見事にその明暗を分けた。


「一騎、もうその辺にしろ。ほら、こっちに来るんだ」

「やーだー、まだのめる」


顔を真っ赤にしながらチューハイの缶を片手に、間延びした返事をしてケタケタ笑って逃げ回る一騎。
それを取り押さえようと先程から必死に部屋の中を追い掛ける総士。


「いい加減にしろと言っている」

「だいじょーぶだって、おれはよってない」

「堂々と嘘をつくな」


最早言葉で言っても上手く会話が噛み合っておらず、総士は苦笑しながら壁際へ一騎追い詰める。


「よし、捕まえたぞ!」


どうにか捕獲に成功しその手から缶を奪う。すると酔っているのに散々動き回ったツケで、一騎はよろけてフラリと総士の胸へ倒れ込んでしまう。


「ほら見ろ、全く危なっかしい」

「そうし、おさけのみたい」

「駄目だ。そんな状態でまだ言うのか、この酔っ払いめ」


床に座らせてもなお奪った缶に手を伸ばそうとした一騎に、総士は溜息混じりでテーブルの上の瓶や缶を手の届かない遠くへと押しやる。


「そうしのばーか!ばーか!いじわるー!」

「何と言われ様がこれ以上は一滴足りとも飲まさないから諦めろ」


二十歳を迎える前から随分と大人びて穏やかな性質になった一騎が、まるで子供の様にたわいもない悪口を言いながら管を巻く姿は、面倒臭さよりも正直可愛らしかった。
料理が得意で家庭的な一騎に、いつもどちらかと言えば総士の方が世話を焼かれがちな部分がある。
だからこそベロベロに酔っ払い手を焼かされ、それでも無邪気奔放に振る舞う一騎の面倒を見るのは妙に新鮮な心地にさせられた。
それに加えて惚れた弱み、恋人の無防備な姿に振り回されるのは存外悪くない。つまりまんざらでも無く総士はそれなりにこの状況を楽しんでいる。
だが、初めての飲酒で一騎の体調を損なってしまうのは見過ごせない。
総士も二十歳を迎え今日初めてアルコールを摂取した訳だが、どうやら自分は酒に強い体質のようで、一騎と同じ程度口にしていたが少し体温が高く感じる位で他に変化は今の所見受けられなかった。
今後外で飲む機会があれば、自分が一騎のお守り役になりそうだなんて考えながら床に腰を下ろす。


「暫く大人しくして休んでいろ」


そう注意してから酔った一騎が散々遊び散らかしたテーブルの上を片付けるため、ほんの少し一騎から目を離した。すると…


「なーなー、そうしー」

「ッ、こら一騎!」


フラフラと危なっかしい動きで床を這う様に近付いてきた一騎は、対面する形で総士の膝の上に遠慮無く乗り掛かる。
高めの体温を馴染ませようと頬を肩に擦り寄せ、まるでじゃれて甘えてくる猫みたいだった。


「おさけもっとほしい」

「駄目だ、良い子だから聞き分けろ」


駄々をこねる可愛い生き物を宥めながら、ふわふわと危なっかしいその腰に腕を回して支えてやりる。


「じゃあ、ちゅーは?」


果実風味の甘いアルコール混じりの吐息とともに発せられた言葉に、苦笑しながらも一騎をあやしていた総士はフリーズした。
しかし固まった総士を気にとめる様子も無く、逆上せた様に色づく頬、水分を含み潤んだ瞳が見詰めてくる。


「そうしがおれに、ちゅーしてくれたらおさけはあきらめる」


舌った足らずな口調と、血の巡りが良いせいで血色が濃くなった赤い唇が目の毒だった。


(落ち着け、相手は酔っ払いだ。2 3 5 7 11 13 17 19 23 29 31 37 41…)


初めて見る酔った一騎のギャップにぐらぐらと翻弄される己を叱咤し、心を落ち着け様と素数を数えだす。
キス位してやるのは問題ない。ここは二人の部屋で総士と一騎以外誰もいないのだ、他人の目を憚る事も無ければ、可愛い恋人のおねだりに存分に応えてやれる環境。
しかし問題はキスだけで済みそうもない劣情を、総士がこの酔っ払い一騎に対し覚えてしまっている点だ。
真面目で実直不器用の名を欲しいままにしている総士にとって、酔って前後不覚になっている一騎に手を出してしまうのは、例え想い合っている相手でも少々気が引ける。
そう言う行為は素面でお互い同意と合意の上で致すべきであって、いくら据え膳状態であったとしても、恋人として不誠実にあたるんじゃないか……、なんて言う真面目過ぎる葛藤。

だが敵はそんな総士へさらなる追い討ちを仕掛けてくる。


「はやくちゅーして?そうし」


酔いによる酩酊感から楽しそうにクスクス笑い、上目遣いで小首を傾げながら迫ってきた動きで下半身がより密着した。
その仕種と衝撃で数えていた素数はたちまちに吹っ飛ぶ。
総士の脳裏に「小悪魔」なんて単語が浮かんで、これ以上無い位にあざとくて堪らなくなった。
どうやら総士も見た目には変化が見られないが、そこそこアルコールが回っている影響で理性の箍が緩くなっているようだ。


「お前が誘ったんだ、後悔するなよ?」


なんて安っぽい言い訳の台詞だと頭の片隅で自嘲しながら、一騎の唇へ自分のそれを重ねた。
しっとりと濡れた薄い皮膚の感触が心地好くて、暫くちゅっちゅっと悪戯に啄む。
十分に楽しんでから合わせ目の隙間へと舌を這わせ滑り込ませ、深く深く塞いでしまう。
ぬるりと入り込み歯列を割って、上顎や内頬の粘膜を余す事無く優しく犯した。


「……ン、ッ…ふ…ぁ…」


徐々に深く淫らになっていくキスに、一騎はされるがまま微かな吐息を鼻から零す。
その響きの甘美さに総士は腰に回していた片方の手を、一騎の後頭部へと添わせ引き寄せると更に深く貪った。
粘膜が擦れる音が骨を伝い鼓膜を蝕む。
口腔内で交わされ混ざり合う唾液は溢れ、唇の端から溢れ顎へと透明の雫が伝って滴る。
舌を絡め強く吸い上げてやれば不意に一騎の身体がガクガクと痙攣し、舌の根を甘く噛んだ瞬間びくりと悸きながら跳ねてクタリと弛緩した。
散々蹂躙し尽くされてさらに赤味を増した唇を離しやり、「どうした?」と脱力した様子の一騎に問うと…


「…っ、そうしが、えっちなちゅーするから…」


真っ赤な顔でじわりと涙を浮かべながら、徐に腰をモジモジさせた一騎は、どうやらキスだけで達してしまったらしい。
泣き出しそうになりながらの恨みがましい視線は可愛いだけだった。
総士は睨みつけてくる一騎の額へ、ちゅっと一つ口づけてから力の抜け切った彼の身体を抱き上げる。


「だから言ったんだ、後悔するなと」


そうしてそのまま寝室へと運び扉を閉めた。
閉ざされたその先で二人がどうなったかなんて、聞くだけ野暮と言うものだろう。



smooch


smooch:(人目をはばからない)キス。[動](自)キスする・愛撫する・抱擁する



お題配布元:HENCE