好きな人だから、あげない
こんなに胸を痛めるほど誰かを好きになったのは、生まれて初めてだと断言できる。
息苦しくて、死の淵に立っているんじゃないかと不安を覚える絶望と、神に愛されたと自負できるほどの幸福。
恋愛というのは、複雑な感情の絡み合いだと思う。
相反する感情を持て余して涙するようなものだとも。
自分が恋愛を語れるほど生きてはいないけれど、何となくそんな風に思ってしまう。
何だか詩人みたいで、一人笑ってしまった。
要約すると、彼女は西星学園ストライド部の部長であり、ギャラクシー・スタンダードのリーダーでもある、諏訪怜治のことがすごく好きだということだ。
改めてその気持ちを心に浮かべると、ものすごく恥ずかしかった。
恥ずかしい、ではなく照れくさいのが正解だろうか。
***
「れーじ」
「ん? 何だい?」
「暇なの?」
「そんな言い方はないんじゃないかな?」
君のために時間を作ったのに、と苦笑する彼はまだアイドルオーラを纏っている。
つまり作られた存在。
虚像。
彼女が好きな『諏訪怜治』ではない。
早く素の彼に戻ってほしいと思う。
どうすればいいのか、わからない。
だから、とりあえず距離を埋めてみた。
「いつもより積極的だね」
「……?」
「いや、わからないなら、いいよ」
「れーじ?」
もう一度名前を呼べば、彼は彼女の肩に頭を乗せた。
ちらりと視線を向ければ、目を閉じている。
スト部の練習とギャラスタで疲れているのだろう。
それだけじゃない。
家のこともあるだろうから、きっともっと。
「眠いなら、寝室に行く?」
「女の子が軽々しくそんなことを言うものじゃないよ?」
「え? 眠いんじゃないの? ゆっくり体を休める時に休まないと……」
「……はあ。今眠ると、君との時間が減ってしまうだろ? それは嫌だよ」
嫌だと言ってくれるだけで、とても嬉しくなる。
「れーじのその言葉だけで私はすごく嬉しいんだけどね」
「じゃあ、君も何か言葉をくれないかい?」
「え? れーじのために?」
暫し思考する。
彼が喜んでくれる言葉とは、どのようなものだろう。
愛の告白?
労いの言葉?
どれもピンと来ない。
「……そうだ、チョコレート食べよう」
ガラステーブルに置かれた箱に手を伸ばす。
そのまま摘まんで口へ放り込んだ。
「ねえ」
「何、れーじ」
「俺にくれるんじゃないの?」
「れーじにはあげないよ。黛兄弟とか、匠くんとか、めーちゃんとか、バンにはあげたけど、れーじにはあげない」
どうせ、彼はアンドロメダからたくさんのチョコレートを貰っているだろう。
そんなに食べられないだろうし、無理して太らせでもしたら静馬に怒られてしまう。
「みんなにあげて、俺にはくれないんだ」
「だって、私は、れーじが好きだもの。チョコレート一つで愛情伝えたりできないよ」
精一杯の勇気でほっぺにキスを落とした。
2016/05/23