優しい苦みも知っている




冷たい風が彼女の背中を押していく。

応援するように。

慰めるように。

吐き出した息は白くてとても冷たかった。

足首に鉛の輪がついているのではないかと錯覚するくらいには足取りが重い。

何をこんなにも憂鬱そうにしているのだと自問したい。

そんなこととっくにわかっている。

もうすぐ、バレンタインデー。

世の中が浮足たっている。

ドキドキとワクワクが目に見えるようなそんな季節。

引っ込み思案な彼女はこのイベントに賭けていた。

告白しようとまでは考えていない。

ただ日頃の感謝を込めてチョコレートを贈りたいだけだ。

……誰に言い訳をしているのだろうとまた溜め息。

店にたどり着くまでに幸せを逃してしまい、目的の品を買えないような気がしてきた。

意識的に口角を上げ、微笑んで見せる。

不自然さが拭えない笑顔。

それでも、憂鬱そうにしているよりはずっとマシだった。

目的地にはたくさんの女の子がいた。

皆それぞれ勝負の品を探しに来たのだろう。

迫力ある場面を目撃すれば、右足が下がってしまった。

勝ち負けがあるとすれば、彼女は戦う前から負けだった。


「お前、こんなトコで何してるんだ?」

「え? それはこっちの台詞だよ。不破くんこそ、何でこんなところに?」


半数以上が女の子、な店内に男子高校生の姿は目立つ。

特に彼ほど目を引く容姿をしていれば。


「買い物に来たに決まってんだろ。それ以外の理由があるのかよ」


聞きたいのは、そういうことではなかった。

深く聞き出すのも失礼なのかと、一言二言言葉を交わし、別れた。

買い物に来て、その相手に会うとは思わなかった。

心臓がバクバクと大きく暴れている。

彼がここにいたということは……。

最悪な結末が綺麗に再生された。

そういう意味なのだろう、間違いなく。

やはり溜め息には幸せを逃す効果があったらしい。

涙を流しそうになり、必死にこらえた。

せっかく来たのだから、何か買っていこうと店内を歩く。

こんな気持ちこそ甘いもので癒されるべきだ。

数分のつもりがいつの間にかかなりの時間が経っていた。

早く帰らないとと店を出たところで再び真広に出会った。

ガードレールに腰かけ、携帯を触っている。

『彼女』と待ち合わせなのかもしれない。

足早に立ち去ろうとしたら、腕を掴まれた。


「おい」

「な、何?」

「お前を待ってたのに、何無視して帰ろうとしてるんだよ」

「私を待ってた? 何で?」

「ほら」


渡されたのは、小さな包み紙。

中身を聞く必要はないだろう。

それでも聞きたいことはある。


「何で?」

「いっつも頑張ってるだろ? たまには自分にご褒美与えとかないと拗ねるぞ?」

「え? ごめん。何? 何の話?」

「お前、頑張りすぎ。肩の力、抜け」

「そんなことは……」


左頬をギュッと掴まれる。

痛くはないけれど、違和感が存在を主張していた。


「不破くん?」

「もっと自信持って、それから素直になれ。遠慮してると損するぞ」


まるで彼女のココロを見透かしたような言葉。

返事のできない彼女の頭を思っていたより優しい手が撫でた。



2016/03/09



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