夢渡り蒼穹渡り

02


「……」


世界は椿姫の予想を遥かに上回っていた。

広い、広い、広い。

そして、残酷だ。


「椿姫」


ふわふわと空を優雅に飛んでいた。

背中に生える黒い羽がファンタジーを現実に変えているのだ。


「時雨、そろそろじゃない」

「そうだろうね」


背中の羽が返事をすると、ゆっくり降下した。

足が地面に着き、重力を得る。

悪魔のように広がっていた漆黒の羽は、元の姿に戻った。


「時雨、ありがと。お疲れさま。じゃあ」

「椿姫、何その使い捨て感。夢巫女としてどうなわけ?」

「……人としてはそれでもいいのか」

「良くない!」


キャンキャンと犬のように喚く鴉を宥めながら、椿姫は考える。

ここからどうしようかと。

ミカエラはどこにいるのだろう。

『優ちゃん』はどこにいるのだろう。

取り敢えず、人を探した方がいい。

そこで話を聞けばいい。

こんな曖昧な情報で正確な居場所を捉えられるだろうか。


「……本当にこんなところに人がいるのかなあ?」


自分が生まれ育った場所とは違いすぎる。

人類は滅びました、とでも言われたら納得できるような世界が広がっているのだから。

初めてきた土地なのに、故郷を失ってしまったように感じる。

涙がじわりと浮かぶ。

感傷的になっている自分に気づかずにはいられない。


「誰かの残留思念(キモチ)に同調してるの?」

「……え? ああ、そっか……」


これも夢巫女の力だったのか。

まったく気づかずにいた。

ここで生きていた誰か、大切な場所を無くした悲しみ、そんなモノたちが椿姫の中に訴えてきたのだろう。


「彼らの気持ちも大切だけど、椿姫は椿姫のやるべきことを見失わないでくれる? その首が要らないのなら別にいいけど」


怖い詞もさらっと口にする。

遠慮など微塵も必要ない関係。

それが椿姫と時雨だ。

幼馴染、家族、友人……色々な言葉を浮かべてみても、ぴたりと当てはまるものに出会えない。

『彼』は椿姫の半身のような存在だ。


「椿姫?」


この地で彼女の名前を呼ぶ人間なんているはずがない。

一瞬視線を向けた時雨はプルプルと頭を振る。


「椿姫、だろ?」

「……『優ちゃん』?」


かなり前に夢で逢った少年。

ミカエラが探している大切な家族。

間違いないだろうかとその名前を口にすれば、彼はわかりやすいリアクションを返してくれた。

間違いない彼が『優ちゃん』だ。

とりあえず知り合い(と呼んでいいのか悩むがこの際気にしないでおく)に会えて安堵した。

思わず駆け寄り抱きしめようとした時だった。


「あの、優さん。彼女はどなたですか?」


彼の傍にいた同じ年頃の少年少女たち。

軽い警戒状態で椿姫を見ている。

見ているというより見定めている、が正解だろうか。

その視線に応戦するように椿姫は護身用のナイフを取り出した。

柄の部分は飾られ装飾用に見えるが、刃はしっかりと磨かれている。

人の首くらいなら軽く傷つけられる。

問題ない。


「ちょっと待て。状況が理解できないまま戦おうとするな!」


『優ちゃん』が椿姫と彼らの間に入る。

そして、双方へ順番に顔を向けた。


「椿姫、で間違いないよな。ずっと昔『会った』あの……」

「久しぶり。あの時は名前を聞けなかったから、貴方をよく知る人に教えてもらったよ」

「よく知る人物……?」


椿姫は笑った。

まだミカエラのことを教えるつもりはない。

というか、どこにいるかもわからない彼の存在を上手く伝える自信が無かった。


「優さん、彼女は?」

「えと……」

「初めまして。『優ちゃん』のお友達、かな? 私は夢政椿姫。彼の古い知り合いです」


お辞儀一つと笑顔のお手本一つ。

現実での人付き合いなどほぼないから、心臓は破裂寸前だ。

今すぐ彼の背中に隠れたい。

もしくは、時雨を囮に逃げ出したい。

椿姫の心境を簡単に読み取ったであろう時雨に酷く睨まれてしまった。


「……優さんにこんな可愛らしいお知り合いがいらっしゃるとは思いませんでした」

「可愛い?」


引っかかったのはその部分だった。

自分自身を可愛いと思ったことがなかった。

というか、自分自身にそう興味がなかった。

夢巫女として仕事さえできれば、どうでも良かったから。

一般的に見れば、椿姫は『可愛い』部類に入るのだろうか。


「お世辞を本気にすると、世の中渡れない」

「……時雨、夢は見せるものだよ」

「夢巫女はきちんと事柄を見つめないといけないからね〜」

「可愛くない」

「椿姫ほどじゃないけどね」


椿姫は大げさに頬を膨らませた。


「椿姫、その、少し時間あるか? ゆっくり話をしたいんだけど」

「今の私は制限時間ないから、いくらでもあげる。聞きたいことがあるのは、こっちも同じだし」


軽い自己紹介を終えた彼らは場所を移動した。

ここは『危ない』らしい。



(2016/08/17)


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