この感情は餞として置いていく
戦う運命だ。
チェス盤の上に並べられた駒。
その駒は神の手で動いていく。
生かすも殺すも神次第。
駒の意思なんてそこには存在しない。
ただ決められた道を一ミリも逸れることなく歩むだけ。
悲鳴を上げる。
この呪縛から解き放って欲しいと。
がむしゃらにもがく。
人を殺す運命から逃れさせて欲しいと。
***
「鳴海」
「どうせなら、名前で呼べよ。兄貴と一緒でアレだから」
「わかった。その、あゆ、む?」
ぼっと顔に火が付いたような気がした。
めちゃくちゃ恥ずかしかった。
「ごめん、無理!」
「無理じゃないだろ、杏樹」
「無理なものは無理! 鳴海は鳴海以外の何者でもない!」
溜め息を返されてしまった。
それに対する反応が思い浮かばず、杏樹はぎゅっと唇を噛んだ。
鳴海歩は鳴海歩でしかない。
そして、鳴海清隆は鳴海清隆でしかないのだ。
「あゆ、む、その……」
杏樹は自分の左胸に手を当てながら、彼の名前を呼んだ。
唇が震えている。
ミズシロヤイバの子どもたちである彼女は、彼女たちは皆『ブレードチルドレン』と呼ばれている。
ハンターに命を狙われ、ウォッチャーに実験動物のように眺められ、命の制限時間は仲間たちと共有することしかできなかった。
……今までは。
「歩、くん。うん。これなら、いける」
「それは良かった」
「溜め息つかなくても」
神の弟と呼ばれた『鳴海歩』は、いまや彼女たちの希望の光だ。
救世主様だ。
殺人鬼になるしかない未来を変えてくれる。
彼が戦ってくれるのなら、杏樹だって戦える。
普通の生活を夢みていた子どもの頃、銃を持たされた。
ナイフを持たされた。
血の中で自分の命を救い、他を排除した。
そんな悪夢のような過去を笑い話に出来る。
過ちを償う時間を持つことが出来る。
「歩、私は……」
この心の中身すべてを言葉にするのは、とても難しい。
伝えたい想いはいっぱいある。
感謝、不安、謝罪、歓喜……。
唇を固く閉じてしまったが、これを音に変えなければ自分はきっと後悔する。
「歩。私の前に現れてくれてありがとう」
「……」
「あれ? 何かおかしいよね。えと……会えて、嬉しい、かな?」
「はあ。俺も嬉しいよ」
「絶対思ってないよね? 面倒ごとに巻き込まれて鬱陶しい的な言い方だったよね?」
二人そろって笑った。
こんな風に笑えることが本当に幸せだと思う。
右手で自分の胸に手を当て、その手を殴るように歩の胸に突きつけた。
「杏樹?」
「負けるな、歩。私も運命に負けたりしないから」
「ああ。ここまで来たら、逃げたりしない」
どうか、新しい未来の形を見せてください。
そう祈りながら、歩み始めた歩の背中を見つめた。
この感情は餞として置いていくtitle:残香
(2016/09/10)