朝日に微睡む花たちよ


女優の卵として細々と活動しつつ色瀬杏樹は西星学園に通っていた。

窓ガラスの向こう側では、陸上部が走っている。

元気だなあと完全に他人事で眺める。

仕事のため体力づくりはしている(させられている)が、どうも苦手である。

逃げ出したくなってマネージャーに叱られる。

杏樹の日常だ。


「色瀬、さん?」

「え……。黛くん?」

「奇遇ですね」

「ホント。あれ? 練習中じゃなかった?」

「ええ、まあ」


黛静馬。

去年クラスメートだった人物だ。

これだけ華のある人と親しかったりはしないけれど。

顔見知り、程度の間柄だろうか。

そんなに親しくないから、言葉を交わしたことすら数回だ。

つまり、今、かなり貴重な場面に遭遇している。


「今、じゃんけんで負けた人が勝者の肩を揉むというゲームをしているんですよ」

「……」

「怜治様が他人の肩を揉む光景はなかなかレアだとおもいませんか?」

「……確かに。……負けてるの?」

「まあ、ほどほどに」


ちょっと、いや、かなり見てみたい。

けれど、アンドロメダ……というほどではないが、部外者の女子が彼らに近づいたら大変なことになる。

部室を覗きに行きたいという欲求には即座に鍵をかけた。


「そうなんだ。相変わらず、ストライド部は仲がいいね。じゃあ、私はこれで」

「色瀬さん、ご一緒しませんか?」


何と言う誘い文句。

自分たちに不利になる人間など排除すればいいのにと思ってしまう。

甘い砂糖菓子のような誘惑に心が負けそうになったけれど、頭を振った。


「ありがとう。でも、ごめんね。私これから仕事なの」


女優の卵だ。

これでも嘘くらい綺麗に吐ける。

申し訳なさそうな表情なんていくらでも作れる。


「そうですか。では、どうぞ」

「えと……。私の話聞いてた?」

「はい、もちろん」


手首を掴まれ連れて来られたのは、ストライド部のレギュラーたちが集まっている場所。


「わあ、色瀬先輩だ。そうですよね?」


小柄な少年が駆け寄ってきた。

一年生の……。

残念ながら名前が出てこない。


「えと、うん。色瀬杏樹、です」


ぺこりとお辞儀を一つ。


「その色瀬先輩が何でここにおるんですか?」

「皆さん、会いたいと言ってましたよね?」


反論が出てこなかった。

つまりそれは事実なのだろうか。

ほぼ一般人の杏樹に会いたいだなんて世の中変わった人がいるものだ。

キラキラ輝く有名人ほど平凡な人間に興味を持ったりするのだろうか。

それはそれで興味深い研究テーマだったり。


「二時間ドラマの演技、好きだったんだ。ゆっくり話をしてみたいと思ったんだけど、迷惑だったかな?」

「迷惑だなんてそんな……!」


ギャラクシー・スタンダードのレイジ様にそんな声をかけられるなんて信じられない。

監督に泣かされながら頑張った甲斐があった。

ありがう、監督、と心の中で手を組む。


「今度、応援に来てくださいよ!」

「えぇ!?」

「それいいな」

「賛成!」

「確かに色瀬さんの応援があったら、頑張れるような気がしますわ」

「お。気が合うな」


参加は必須のようだ。

生で見てみたいと思っていたから、ちょうどいいきっかけかもしれない。


「邪魔にならないように、こっそり応援させてもらいます」

「邪魔なんかじゃないから、思い切り応援してよ」

「ええ。あの色瀬杏樹さんの応援だなんて、かなり貴重ですよ」


自分はどういう風に思われているのだろうかと疑問より不安に思う。


「じゃあ、待ち合わせから」

「どうせなら、ステージに出てもらって」

「それなら……」


話がすごいスピードで纏まっていっている。

今更逃げられるだろうか。

輝く彼らの横顔を眺めながら小さな幸せそうな溜め息をこぼした。



朝日に微睡む花たちよ



title:icy



(2016/03/07)


| 目次 |
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -