Lucky☆fortune☆Cookys


「あっれー? 杏樹ちんじゃない?」

「……」


変な人に捕まったと杏樹は足を速めた。

今逃げれば、捕まったことにはならないはずだ。


「杏樹ちん。無視するなんて酷くない?」


目の前に立たれ、にこーっとそれはあまり好きじゃない笑顔を向けられた。


「……颯田くん」

「はいはーい。ゆっくり話するとか超久しぶりじゃない? これはあれだ。一緒に過ごしなさいっていう――」

「さよなら。バイバイ。また来世でお会いしましょう」

「ちょっと、杏樹ちん」


さらっと上手く逃げられたと思ったのに、手首を掴まれていた。

わりと強い力で、簡単に逃れそうにない。


「……颯田くん」

「ゆっくりできる時間なんてあんまりないじゃん? たまにはいいっしょ?」


掴まれた部分を睨むように見つめ、それから軽く息を吐き出した。

諦めの溜め息だったのだろうか。

仕方なく彼に付き合うことにした。


「甘い紅茶と苦い珈琲とどっちがいい?」

「……甘いの」

「そう言うと思った」

「今日は甘い気分だっただけ」

「はいはい。待ってて、買ってくるから」


軽く走り出した彼の背中を見送り、溜め息をついた。

あの後姿に憧れていた時期もあったのに、それは遠い昔のようだ。

冷たいベンチが過去と現在が違うものだと断言しているように思えた。


「はい、どうぞ」

「……どうも」


ふう……と息を吹きかけ一口飲んだ。甘い。


「どうせなら、颯田くんより、尊くんに会いたかった」

「……それどういう意味? 何でここでたけりゅんの名前が出てくるの?」

「何でって好きだからだけど? カッコ可愛いよね、彼」

「カレカノだよね?」


颯田は自分と杏樹を指差してそう言う。

認めたくないけれど、彼と彼女は一応そう呼ぶ関係だったりする。


「自分だって、プリンセスちゃんがどうのこうの言ってるらしいじゃない」

「プリンセスちゃんはプリンセスちゃん。杏樹ちんは杏樹ちん。ね?」

「何が、ね、なのよ」


他の女の子を愛でている彼氏を見て微笑ましく見守れたりするはずがない。

だから、距離を取っていたのに。

溜め息を一つこぼした。

杏樹は立ち上がりその言葉を放った。


「颯田くん、別れよっか」

「は? 何言ってんの? 頭悪いの? マジ下がるわ、そういうの」

「冗談じゃなくて、本気で言ってる。私に颯田くんは合わない。もっと可愛い女の子の方が似合うよ」

「杏樹」


低い声で名前を呼ばれ、ぞわりと何かが背中を這いあがった。


「……何?」

「杏樹のこと、本気で好きだけど? 杏樹は?」

「好き……だったよ」

「過去形、ね。本当に?」

「……」


沈黙は肯定になってしまう。

それでも何も言えなかった。


「杏樹」


颯田はかがんで、驚きに目を見開いている杏樹の唇を塞いだ。

優しさが見え隠れする強引さで。


「ちょ、かづ……!」


呼吸が乱される。

思考回路も乱される。


「佳月、いきなり、何すっ……」

「カレカノらしいっしょ?」

「……違う。流されるな、私!」

「ここは、流されようよ。女の子は甘い空気が好きなんでしょ?」


甘い空気が好きかどうかはわからない。

好きな人は好きだろうけど、苦手な人間だっている。

杏樹は……どちら側の人間なのだろう。


「杏樹はオレの勝利の女神なんだよね」

「え?」

「この前の試合、来なかっただろ?」

「……」

「だから、負けた。これからはずっと見ていてよ、オレのこと。ね?」

「……佳月が私に優しくしてくれるなら、考える」



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title:OTOGIUNION



(2016/02/24)


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