アスファルトは痛いですか


今日はグラウンドを走っている。

風と共に走るその姿は本当にかっこいいと思う。


「八神くん」

「あ、色瀬さん」


休憩時間を見計らって声をかける。

邪魔にならないように。


「お疲れさま。ホント速いね」

「まだまだだよ。巴にも藤原にも届かない」


最後の方は声が小さくて聞き取れなかった。

首を傾げれば、曖昧な苦笑を返された。


「世間話は邪魔じゃない?」

「色瀬さんが話したいなら聞かせて。今日は誰かの話を聞きたい気分だから」



(『誰か』の話……ね。ホントに聞きたいのは誰の話なんだろ)



「色瀬さん?」

「ああ、ごめん。えと……」


色々話したいことを考えていたのに、いざとなると言葉が出てこない。

間の繋ぎ方も上手く行かず、奇妙な沈黙が二人を支配した。


「……ごめんね」

「何を謝るの? 色瀬さんは何も悪いことしていないだろ?」

「そう、だけど……」


いっぱい話をしたかった。

ただのクラスメートから一歩距離を縮めるためにも。


「八神くんの家のパン美味しいよね」

「ほぼ毎日来てくれてるんだよね。ありがと」

「何で知って……」

「ん? 母さんたちが言ってた話と特徴合うの色瀬さんだったから、そうかなって」


学校帰りに寄るのは間違いだったかもしれない。

でも一旦家に帰ると出かけるの面倒だしな……と心の中で呟いた。


「これからもよろしく、常連さん」

「こちらこそ、お世話になります」


ほんの少し演技がかった口調に二人で吹き出した。

楽しくて幸せだと思う。

この時間を永遠にしたいと願う。

思い出したようにストライドの話題を出した。


「リレーションもカッコいいね」

「まだまだ練習中だけど、桜井さんの指示が的確だから」

「……そっか、自慢のリレーショナーだもんね」

「君もそう思う!? だよね、やっぱり桜井さん凄いよ」


彼の口がよく動く。

それは杏樹と話していた時よりも。

考えたくなくても、知りたくなくても、わかってしまう。

それが、ツラい。

心に傷が増えていく。

それは涙の引き金にしかならないもの。


「……さい」

「ん?」

「桜井さん桜井さん、うるさい!」

「!?」

「私の方が八神くんのこと好きなんだから!」

「え? ……えぇ!?」

「そんなに驚かなくてもいいじゃない。確かに告白のタイミングじゃなかったとは思うけど!」


ノリで告るのはマズかった。

もっと大事にしたい感情だったのに。

勢いというものは本当に怖い。

心のブレーキなんてあっという間に弾いてしまうのだから。


「えと、色瀬さん?」


言葉を確かめたいと窺う声。

聞き間違いにしてしまいたいのだろうか、彼は。


「……言ったから、もういいか。私は八神くんのこと入学式の時から好きだったよ。迷惑なクラスメートでごめんね。じゃあ」


このまま立ち去ろうとしたら、手首を掴まれた。

跳ねた心臓に舌打ちしたくなる。

フラれる台詞は聞きたくない。

今は逃がしてほしかった。

「……何?」


酷く冷たい声が出た。

自分でも驚くような凍りついた声。

「色瀬さん――」

「おーい、八神。練習始めるぞ!」

部長の声に陸は立ち上がる。


「あ、あのさ、色瀬さん」

「今すぐフラれたくないから、取り敢えず逃げる」

「逃げる前に聞いて! 今度の試合、見に来てほしい」

「……試合?」

「頑張るからさ。見ていてほしい」


そんなこと言われなくても見に行くに決まっている。

見に行ってもいいのかな、なんて不安もあるけれど。

その試合の後でフラれるのだろうか。

それなら見に行きたくない。


「……絶対、行くよ。八神くんが走っている姿が一番好きだから」


言葉が届いたなら、それでいい。

杏樹は今にも泣きだしそうな気持ちのまま歩き出した。



アスファルトは痛いですか



title:icy



(2016/02/04)


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