愚かなレールの上に立つ


相変わらずお姫様は仏頂面でそこに立っていた。

声をかけることを躊躇ったが、それは一瞬の現実逃避にしかならないことを知っている。


「……姫、お待たせ」

「遅い。何度遅刻したら、学ぶわけ? オレは暇じゃないんだけど」


愛らしい容姿からは想像できない言葉がぽんぽんと飛び出す。

初対面で言われた言葉は『髪を切れ』だった。

ツインテールは、お姫様――姫宮悠李のアイデンティティだから。

名前まで可愛らしくて一瞬殺意が湧いたのも懐かしい思い出だ。


「ごめんごめん。月スト見かけて、つい買っちゃったから」

「……」

「見て、姫のこと記事になってるんだよ」

「知ってる。この前取材受けたし」

「断ったりしないんだね、意外」

「……遅刻を誤魔化そうとしても無駄だから。アンタの考えはバレバレ」

「……ごめんなさい。次は絶対姫より早く来るよ」

「次があればね」


今日で終わりだと言われているわけではないのに、そんな気分になって思い切りへこんだ。

立ち直れないかもしれない。


「それだけ落ち込むんだったら、時間は守りなよ。将来苦労するのはアンタなんだから」

「姫が私の将来を心配してくれるだけで有難いです」

「馬鹿にするなら、放置するよ」

「ごめん、ってば」


先に歩き始めたその背中を追う。

そんなに背の高い彼じゃない。

追いつくのも難しくない。


「ねえ、姫」

「名前」

「……?」


名前を呼んでいるのだから、その指摘はおかしい気がする。

しかも単語一つじゃ意味がわからない。


「姫、意味わかんないんだけど」

「アンタは名前で呼んでいい。オレはアンタの姫じゃないから」

「……悠李、くん?」


違和感が半端じゃない。

名前が『くん』という感じじゃないからだろうか。


「むしろ、悠李ちゃん!」

「は? 殴られたいの?」

「ほっぺた抓りながら言わないで。痛いってば!」

「その馬鹿な頭を何とかしないとホントに愛想尽かすよ」

「ごめんなさい」


ようやく離れた指。

二重の意味で頬は赤くなっていないだろうか。

そっと手で触れてみた。


「元々そんな顔だから、気にすることないよ」

「何かあるんだよね、それ。何? 悠李の指の形がついてるとか?」

「いいじゃない。オレの所有物って感じで」

「物は嫌だ」

「杏樹」


ぎゅっと抱き寄せられ、驚かずにはいられなかった。

いきなり何をするんだこの人は。


「悠李? ……悠李くん?」

「……」


何も言わない。

それが何よりも言葉になっているような気がした。


「私、好きだよ。走っている悠李の姿。一条館のストライドには多少の疑問もあるけど」

「……」

「だから、ずっと走っていて」

「取り敢えず、今年は必死で走るよ。アンタにも見せたいから。オレらが見ている世界を」

「本当? すごく楽しみ。うちわ持って応援に行くね」

「見に来なくていい」

「何で!?」


うちわが問題なら、旗……とか?どこかずれたことを考えている杏樹の内面を読み取ったのだろう。

酷い眼差しを向けられた。


「杏樹」

「……何」

「馬鹿なとこも可愛くて、まあ好きだよ。認めてやる」

「喜ぶべき? 悲しむべき?」

「取り敢えず、喜んでおけば?」


風が吹く。

彼の髪をなぞっていく。



――私たちの夏はどこに向かうのだろう。



愚かなレールの上に立つ


title:OTOGIUNION



(2016/02/01)


| 目次 |
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -