答えなんていらないよ
キラキラとした陽射しがこぼれる午後。
休日ということもあり、いつもより更に賑やかな市街地の一角。
白地に桜色の格子柄の入ったテーブルクロスの上には、乳白色のカップとそれを彩るような様々なお菓子が並べられていた。
中央には硝子製の花瓶が置かれ、色とりどりな花が飾られていた。
「浜……」
「もう少し待って、迅。もう終わるから」
先ほどから走り回っている浜路は疲れた顔も嫌な顔もせずに、ただにこにこと笑っていた。
店員に許可を取りながら、彼女はその場を飾りつける。
それはまるで誕生日会を彷彿させる。
嫌な気はしないが、不安は確かに存在している。
ここに呼ばれたこと。
ここで今浜路がしていること。
好奇に満ちた周囲の視線。
「浜……」
「もうちょっとなの」
会話の隙を与えてくれない。
じっと待っているのが居心地悪くて仕方ない。
「はい。出来上がり」
にこりと、何も含まれていない純粋な笑顔が向けられた。
ドキリと素直に心臓が跳ねた。
小さな甘い痛みが広がって、それが鼓動を急かす。
「浜路?」
「なあに?」
「今日は誘ってくれてありがとう」
今、目の前に用意された現実を疑問に思わないわけではないけれど、一先ずはお礼を口にした。
退屈な休日から連れ出してくれたことへの感謝。
現実を切り取った素敵な非現実への招待。
それは胸躍るものに間違いなかった。
「どういたしまして。迅に迷惑じゃないかって不安だったけど……」
そこで浜路は言葉を切った。
真っ直ぐに向かい合う二人の視線が交わる。
「良かったわ。来てくれてありがとう」
天使のような微笑を浮かべながら、浜路はティーポットを手に取った。
カップを差し出すことでそれを受ける。
正しいマナーなんて迅は知らない。
ふわりと浮かぶ湯気には優しい甘さが含まれている。
飲まなくても、これは美味しいと分かる。
飲む前から、これは迅を思って用意してくれたものだと分かる。
浜路の心遣いをストレートに受け、嬉しいような気恥しいような、どこかくすぐったい気持ちになった。
「浜路」
「んー? 何?」
両手でカップを持っていた浜路はその手を下した。
ソーサーへそっと乗せる。
小さな音が遠慮がちに鳴る。
「何度言っても伝えられない気がするけど、ありがとう。君がこうして一緒にいてくれることが嬉しくて幸せだと思う」
「な、何恥ずかしいことを真顔で言ってるの!?」
「伝えられる時に言っとかないと後悔するかもしれないし……」
「何のフラグよ、それ」
確かに、と小さな呟きをもらす。
まるで死んでしまうかのような言い方だ。
自分の人生を終わらせる気はまだない。
やりたいことという小さな野望も、叶えておきたいささやかな夢もある。
「まだ死ぬつもりはないからご心配なく」
「当たり前よ。勝手に死んだりなんかしたら許さないんだから」
そんな激励をもらったら頑張るしかない。
頑張る姿をたまにでいいから彼女に見てほしいと思う。
そして笑って呆れて、傍で同じ空気を感じていたい。
「楽しいな、毎日が」
「当たり前でしょ。一生懸命生きてるんだから」
「それもそうなんだけど……。浜路がいてくれるから」
「え?」
「学校へ行ってるから、滅多に会えない。会えないけれど、浜路がいるから毎日が楽しいんだ」
白い肌が桃色にとても濃い桃色に染まる。
「ちょ、迅!」
「ん?」
「何を恥ずかしいこと言ってるの!? 頭をぶつけたんじゃない!?」
残念ながら頭はぶつけていないし、至って普通のつもりだ。
自分の気持ちに正直になっただけ。
それは少し珍しいかもしれない。
珍しいついでにもう一つ。
「浜路のこと、かなり好きだよ」
答えなんていらないよtitle:icy
(2015/11/25)