その月には届かない


羊が運んできてくれた紅茶に口をつける。

ハーブティーをリクエストしたから、いつもと違う香りの湯気が立ち上る。

熱いお茶に息を吹きかける。

ゆらりと白い湯気が頼りなく姿を乱す。

一口。


「美味しい?」


思わず疑問符をつけてしまったのは、実はハーブが少々苦手だからである。

それでも今日は飲みたかった。

気持ちを落ち着ける効果があるなら尚更。

バクバクとうるさい音を奏でていた心臓はさすがに落ち着いてきていた。

失敗は許されない戦いの中で、仲間たちが傷ついた。

赤黒い色も見た。

自分が傷つくよりも誰かが苦しそうにしている方がツラい。

幸いというべきか、仲間たちに大きなケガはなく、能力者を取り逃がすこともなかった。

それでも、自分の手が震えていることは間違えることのない現実。

怖がっているだけでは前に進めないとわかっているというのに。

戦うと決めたから、ここにいると言うのに。

自分の中に心の奥底に迷いの種があるのだろう。

それが育つ前に引っこ抜いてしまわなければならない。

この迷いはいずれ自分を……そして仲間を殺す。

そんな未来は迎えたくない。

だから、この恐怖に打ち勝って未来を変えなければならない。


「アンジェちゃん?」

「……與儀?」


こんな時間に会うとは思っていなかった。

彼はとっくに夢の中かと思っていた。

それなのに、こんな時間に、アンジェがよくいる場所にピンポイントで現れるなんて……。


「運命? いや、ただ寝ぼけているだけ?」

「アンジェちゃん、何言ってるの?」

「……ごめん。忘れて。で、與儀どうしたの?」

「ん、ちょっと眠れなくて歩いてた」

「……」


そう言えば聞いたことがある。

與儀も戦うことがあまり好きではないと。

ちょっと似ているのかなと思うと嬉しくなる。


「與儀もお茶どう?」

「お茶か……」

「うん。ハーブティーだから、ちょっとクセがあるけど、それでも良かったら」

「もらおうかな」


ティーポットを持ち上げ、予備のカップに琥珀色の液体を注いだ。

それを彼の前に差し出す。

ふわりと揺れる湯気を見つめた與儀がワンテンポ置いてカップを受け取った。

優しく息を吹きかけ、そっと一口含む。

自分が淹れたわけでもないのに、ドキドキしてしまった。


「うん。おいしい。さすが、アンジェちゃん」

「私が淹れたわけじゃないよ? 羊に頼んだだけだし」

「でも、アンジェちゃんが入れてくれたから、おいしい」

「ありがと」


何だか恥ずかしくなって、顔を背けた。

與儀の子どもみたいな、それでいて強く優しい笑顔はほんの少し苦手だった。

嫌いではない。

むしろ、好き。


「ねえ、與儀」

「んー? どうしたの?」


ちょいちょいと手招きをする。

首を傾げた與儀が近づいてくると、その金色に優しく触れた。

優しい感触がアンジェの手のひらを刺激する。

やわらかい。

それは彼が持つ雰囲気のように。

なでなでと少しだけ年上の彼の頭を撫でる。

よくできましたと褒めるように。


「アンジェちゃん? どうかした?」

「ん? どうもしてないよ。だから……」

「だから?」

「この金色に触れさせて」


夜色の自分の髪を嫌ったりしないけれど、他の誰かを羨ましいと思うことはある。

一緒にいたい、なんて不思議な願いだと思う。

自分の心が少し壊れてしまったのではないかと疑うほどに制御できない。

恋愛とはまた違うように思う。


「與儀」


隣に置いて欲しいなんて願わないから、命を賭けるその時はどうか一緒に戦わせてほしい。

祈るように心の中で呟いた。



その月には届かない



title:OTOGIUNION



(2015/11/23)


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