警告・警告・警告
何だろう、この鼓動は。
ドクンドクンと耳の奥に直接訴えかけるうるさい音。
焦燥感を煽る音。
うるさいうるさいと心の中で叫ぶ。
こんな速さ知らない。
こんな痛み知らない。
こんな甘くて苦い痺れは知らない。
知らない知りたくない。
誰かこれの原因を取り払って、早く。
じゃないと、私は私でなくなる。
そんな気がして怖かった。
***
空を泳ぐ雲は今日も気持ちのいい風を連れてくる。
ひんやりとした朝の風に、新しい一日の始まりに心を躍らせながら、アンジェは宿泊中の宿を出た。
朝食までまだ時間はある。
散歩をしてくるくらいの時間は十分すぎるほどある。
治安はそこまで悪くないし、誰もそう心配しないだろう。
自分の行き先が見えずに不安で、心がざわついている。
未来を決めなければならない時にたどり着いていた。
選ばなければならない、この手で。
迷いながら街を一周すれば、意外に時間が経っていたようだ。
帰り道でミクリオに会ったことでそれを知った。
「アンジェ」
「ひゃい!」
「……」
変な声が出た。
恥ずかしい。
誰か穴を掘ってほしい。
今すぐ隠れるから。
「アンジェ」
「……はい」
今度は落ち着いて、恥ずかしさから小さな声で返す。
「ちょっと、協力してほしいことがあるんだ」
一人で長い時間ウロウロしていたことを叱られるかと思って身構えた部分があるが、それとは別の話らしい。
「協力? 私、遺跡関係はさっぱりだよ?」
「うん。それは求めてないから大丈夫」
ばっさり切り捨てられた。
わかっていても傷ついてしまう。
遺跡や古代の文明、それから『導師』、それらはミクリオにミクリオたちに近づく方法の一つだったから。
人というのは(天族だけど)本当に向き不向きが存在する。
アンジェは特別その差が激しい方だった。
不器用な生き方は、人生損していると言わざるを得ない。
溜め息を何とか押し込んで、彼の言葉を待った。
「スレイのことなんだけど……」
「導師さま?」
歯切れの悪い様子からどんなことを言い放たれるのかと警戒する。
警戒、恐怖、そんな中に混じる淡い期待。
「もうそろそろ僕だけじゃ手に負えないんだよね」
「……導師さまのことは、ミクリオにしか任せられないと思うんだけど」
パーティーメンバーの顔を順に浮かべて出てきたのは当然と言える言葉。
その答えにミクリオは肩を竦めた。
それがどういう意味か察せないわけではないけれど、彼がはっきり口にしない限り、知らないフリをすることにした。
「ミクリオ」
「ん?」
駄目だ。
『私はもう彼のこと……』
認めたら駄目だと本能(ココロ)が叫ぶのに、気づいてしまった。知ってしまった。
理解してしまった。
「ミクリオ」
「だから、何?」
コドモのままではいられない感情。
あれもこれも欲してしまう。
欲深い感情の芽が息吹く。
無理だ、雫が簡単にそれらを育ててしまう。
「ミクリオは……人間の恋愛感情についてどう思う?」
「恋愛感情? いきなり、何? 僕にどんな解答を求めているんだ?」
両腕を組み、ふぅと溜め息を零す。
簡単に切り捨てたりせず、一応考えてくれる彼の優しさが嬉しくて、今はツラい。
興味ないと、そんなことにかまけている時間はないとはっきり言ってくれたらいいのにと酷い責任転嫁。
「ごめん、忘れて」
痛みを受ける前に自分から拒絶する。
「アンジェ、もしかして」
「何か勘違いしてるよ」
「いや、これは……」
「勘違い。ミクリオは頭がいいから、色々先読みしてるんだろうけど、ただの勘違いだよ」
言い切るのは本当に逃げたいから。
分かり切った現実を先延ばしにしたところで、結果なんて変わらない。
けれど、怖いものは怖い。
アンジェはミクリオに背を向けて足早にその場を去った。
警告・警告・警告(2015/02/28)