逆さまの空に手を振った
※書き始めたのが秋だったので、かなり時期外れな表現があります。
空は青く澄んでいて、紅葉と重なれば心を刺激する光景。
何て気持ちのいい空気なのだろう、と唇が素直に笑みを作る。
「何をニヤニヤしてるんだよ。気持ち悪ぃ」
可愛げのない言葉が耳に飛び込んできた。
せっかくの気分が台無しだ、なんて言葉を吐き捨てながらも口元には笑みが浮かんだまま。多分それは今とても幸せな気分だから。
「凛」
短くてとても愛しい二文字をなぞる。
一瞬ほどの時をおいて、凛はそれに応えた。
「何かね、いいね」
「何がだよ」
「だから、『何か』って言ったでしょ? 凛とこうして一緒にいるのがいいの!」
「俺と一緒にいるのを『何か』でまとめんなよ」
「……」
リピートをねだりたくなるような発言が聞こえたのは幻聴だったのか。
いや、そんなはずはない。
夢、でもないはずだ。
真ん丸な彼女の瞳が赤い彼を映す。
ぱちぱちと瞬きをゆっくり繰り返した。
「何、間抜け面さらしてんだよ」
「ま、間抜け面!? この可愛い彼女をつかまえて、そんなこと言う?」
「自分で可愛いとか言うなよ」
「だって、凛が可愛いとか言ってくれないから」
可愛いを連呼する凛なんて嫌すぎるけれど。
凛は今のままで十分。
「何だよ。言ってほしいなら――……」
「イヤ。特別な時のためにとっておきたい」
「特別な時?」
思わず飛び出したその言葉に杏樹は顔を赤く染める。
『そういう時』だと意識してしまったから。
「凛、この話は終わろう」
「ああ。別に構わねえけど」
凛は気づかなかったらしい。
それを安堵すると共に、とても寂しく思う。
自分は未来をそういう形を望んでいるんだ。
けれど、彼はそんなことを今は微塵も考えていないのだろう。
当たり前でも寂しいのは恋に夢見て、未来はキラキラした宝石のようなものだと信じているような年頃だから、なのだろうか。
そこまで子どもでもないと思うけれど。
間もなく風は冬を連れてくる。
冷たくて、どこか寂しい季節を。
「凛!」
澄んだ空気に溶けるように、けれど消えないように、彼の名前を呼んだ。
「何だよ」
めんどくさいからもう話しかけるなと言わんばかりの返事。
けれど構ってくれることは知っている。
それが凛の優しさだ。
そして、その優しさに思い切り甘える。
それが許されるのも杏樹だから。
軽い依存は恋愛感情。
凛に似合う眩しい夏まで一緒にいられるだろうか。
指先を針でついたような不安。
「大好き」
「……知ってる」
「そっか。じゃあ、ずっと一緒にいたいなって思ってるのも知ってる?」
「……まあな」
右腕にぎゅっと抱きつく。
歩きにくいと一言。
けれど振り払ったりしない。
それが凛なりの言葉なんだと解釈する。
ぎゅっと抱きついたまま、右手を空に突き出す。
「何やってんだ?」
「神様にお願いしてるの。凛とずっと一緒にいられますようにって」
「くだらねぇ」
「……だろうね」
「どうせなら、俺に願えよ」
叶えてやる、続く言葉は心に直接響いた。
心臓が嬉しくて幸せだよと鐘を大きく鳴らす。
耳まで響く大きな音は涙腺を緩ませる。
「凛……」
「な、なんて顔してんだよ」
「だって、まさかそんな言葉もらえるなんて思わなかったから、嬉しくて……」
「何だよ。それじゃあ、まるでいつも冷たいみたいじゃねえか」
「違うよ。んー……どう言ったら伝わるかな」
甘い口づけ一つ。
それで十分伝わる二人の距離。
逆さまの空に手を振ったtitle:icy
(2015/02/02)