ドンドンと激しく叩く何かの音に、強制的に起こされた。

寝ぼけ眼のまま、何とか体を起こしてみると、それはレアルの部屋の扉を叩く音だと気づいた。


「レアル!」


激しいノック音の合間に名前を叫ばれる。

緊急事態だと脳内は瞬時に覚醒した。

仮面をつけ、慌てて扉を開ける。


「何があったん――……」

「リチャード様はどこにおられるのだ!!」


胸ぐらを掴まれ、怒鳴るような言葉を聞く。

レアルはクエスチョンマークを浮かべた。


「殿下はお部屋に……」

「いらっしゃらないから、お前に聞いているんだ!!」


リチャードが部屋からいなくなったらしい、ということを理解する。

サッと血の気が引いた。


「殿下、が……」

「お前はリチャード殿下の護衛騎士だろう。もしも殿下の身に何かあったら……」


最後まで聞かずにレアルは彼の手を振り切り、走り出した。

リチャードがいる場所に心当たりなんかない。

けれど、じっとしていられない。



(一体何が……!?)



自分の意思で出ていったのか。

それとも、誰かの手で姿を消したのか。

グルグルと回り続ける思考は終わりを見せない。

それだけではない。

今は何かを考える余裕などなく、レアルはただ走った。

走り続けなければ、きっと自分を抑えることができなかったから。



今日の夕方、リチャードの部屋を出たレアルはメイドたちの噂話を聞いた。

盗み聞きするつもりはなかったのだが、一つの単語が彼の足を止めた。

いくつものキーワードが飛び出す。


『リチャード』

『毒』

『命を狙う者』

『王位』

『国王』


好ましくない単語を潜められた女性の声で聞く。

流れるように、染み渡るように、入り込んでくる。

その時初めてリチャードを、見ることができたような気がした。

初めてレアルを見た時の鋭い瞳も、常に距離を取ろうとしていたことも。

思い当たるすべてのことが、彼の本心であり、彼の言葉だった。

信頼していなかったのは、お互い様。


「……っ」


自分は何のためにリチャードの側にいたのかと問いかける。

本当に嫌なら、どんな道だってあったはずだ。

逃げ出そうと思えば、逃げることだってできたはずだ。

周囲を言い訳にしていただけ。

自分は何故……。

責める声から逃れるように速度を上げた。



「殿下!!」


フラりと今にも倒れそうな危うい足取りで歩いている彼を見つけた。

片手を壁につき、何とか体を支えているようにも見えた。


「リチャード殿下!」


もう一度、叫ぶ。

顔を上げたリチャードはレアルの姿を見つけると、フッと笑った。

今まで見たことがない表情だった。

そのまま体が前に傾く。

倒れると思ったレアルは駆け寄り、彼の体を受け止めた。


「リチャード様!」


声をかけるが反応はない。

慌てて口元に手をやる。

嫌な映像はすぐに消えた。

リチャードは意識を失っていただけだった。

何があったのかわからないが、とにかく何とかしなければならない。

彼を一度床に寝かせる。

体勢を変え、リチャードを背負いレアルは歩き出した。


「レアル様、一体何が……」

「リチャード様!?」


レアルの背にいるリチャードに気づくと、騎士たちは囲むように立つ。


「事情はよくわからないんですが、廊下にリチャード様が倒れておられて……」

「代わります」


側にいた騎士が、レアルの背にいるリチャードを抱える。

レアルは彼らに続いて、リチャードの寝室へ向かった。

 

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