正午を過ぎた、王子・リチャードの私室。
居心地悪く辺りを見回しては、ため息をついていた。
今この部屋にいるのは、主ではなく『護衛騎士』の称号を持つ少年・レアルだけ。
数分前に呼び出されたリチャードが、「レアルはここで待っていて」と言ったから、その言葉に従っている。
居心地が悪いのは、初めてこの部屋に入ってから何一つ変わらない。
たとえどれだけ時間が経ったとしても、今は何一つ変わるとは思えなかった。
「はぁ……。何でこんな所にいるんだろう」
それはレアルがリチャードの護衛騎士だから、なのだが。
レアルが言いたいのは、そういうことではない。
はっきり言って、自分が王子を守るような立場に就くとは思わなかった。
相応しい人間など星の数……とまでは言わないが、レアルより優秀な人間はたくさんいるはずだ。
教養も剣術も同年代と比べて劣っている自覚はある。
普通、経験を積んだ信頼できる大人をつけるだろう。
それなのに、選ばれた理由。
「……大人の事情、か」
そんな一言で済まされたくなかったが、説明されたところで、理解も納得もできないはずだ。
一人になってから、もう十数回目のため息。
「随分憂鬱そうだね」
騎士と共に戻ってきたリチャードは、柔らかな笑みを浮かべていた。
けれど、瞳に宿る氷のような冷たさはいつだって変わらない。
嫌われている……かどうかはわからないが、少なくとも好かれてはいない。
「そんなことは、ない……ありません」
「そう?」
騎士を下がらせたリチャードは、レアルの隣を通り過ぎて自らの場所に座った。
「しばらくの間、僕はラントに行くことになった」
「ラント……ですか?」
「ああ、君は連れて行かないから」
「……はい」
護衛騎士とは名ばかりで、レアルがリチャードの側にいることは、他の騎士に比べて圧倒的に少なかった。
レアルが彼と一緒にいるのは、主にこの部屋だけ。
称号ばかりが目立って、それだけではないが憂鬱だった。
「レアル」
「はい」
手招きされたから、すぐに向かう。
そして跪こうとしたら、止められた。
「体が弱いのかい?」
「……え?」
「僕がラントに行っている間、君は検査を受けると聞いたから」
リチャードに言われるまで忘れていた。
確かに不安定な体調が続いているから、精密検査をすると言われていた。
「至って健康、です。いざという時、殿下を守れるようにと配慮していただいただけです」
弱さを見せてはいけないと言われた。
何があっても表では平気なフリをしろと。
平気な顔で主の痛みをすべて背負えと。
「相変わらず君は嘘が下手だね」
「嘘なんかじゃ……!」
「僕の目を見て言える?」
同じくらいの身長。
仮面越しに絡む視線。
瞳が揺らぐのを見られるはずがない。
嘘なんかいくらでもつける。
「ボクは元気です。どこも悪くないです」
「……そうか。それならいい。僕が留守の間、レアルは絶対ここに入らないで」
「わかりました」
拒絶を体現するように、リチャードは背を向けた。
頭を下げて、レアルは距離を取る。
一人でいるのも居心地悪いが、彼と二人でいるのも窮屈だった。
レアルがそう感じているのだから、おそらくリチャードも同じように感じているだろう。
静かな時は、憎たらしいほどゆっくりと進む。
「レアル」
「はい」
「一人にしてくれないかい?」
「……わかりました」
頭を下げて、レアルは退室した。
扉の側に立つ騎士と目が合い、何となく気まずくなる。
自分より随分年上な彼にも頭を下げ、レアルは走り出した。
(廊下は走ったらダメだったっけ……)
けれどレアル速度を落とさず、そのまま中庭に向かった。
温かい陽射しが降り注ぐ中庭の前で、ようやく足を止める。
花の香りを運ぶ風。
あまり広い世界を知らないレアルには、少なくともここは優しい世界に思えた。
← →
←top