いつもより遅い時間になってしまった。

疲れた体を引きずるように帰路を急ぐ。

見えてきた自宅に灯る明かりに、俺は足を止めた。

今朝、明かりをつけたまま出かけたはずがない。

毎朝出かける前には確認するようにしている。

寝坊とは反対に今朝は早く目覚め、時間には十分余裕があった。

慌てて家を飛び出すようなことはなかったから、明かりをつけっぱなしにするはずがない。

若干何かを感じ取りながら、俺は自分の家へそっと足を踏み入れた。

気配を消すように息を潜め、音を立てないように歩いてみれば、まるで泥棒になったような気分を味わえた。

いや、別にそんな気分は味わわなくていい。

とにかく、今は明かりの原因を探らなければ。

八割ほど気づいていながら、俺は部屋を覗きこんだ。

シンプルなテーブルの上には、数種類の料理が並んでいる。

そのテーブルと自分の腕を枕代わりに眠っている彼女には、嫌というほど見覚えがあり、予想した通りの人物だった。


「パスカル」


穏やかな顔を見せている彼女は、別れた日から変わっていない。


「パスカル」


肩を揺すりながら、名前を呼ぶ。

何度かそれを繰り返すと、ようやく目を覚ました。


「ん〜……グレイ?」

「何不法侵入してんだよ」

「グレイ! おっかえり〜!」


飛びつくようにパスカルは俺に近寄ってきた。

その勢いに押されながら、何とかその場に踏みとどまる。


「で、どうしてここにいるんだ?」

「そんなのグレイに会いたかったからに決まってるって。……そんなどうでもいいことは放っておいて、ご飯食べよ。ご飯」


本音か嘘かわからないような言葉をサラリと流し、パスカルは既に食べ始めようとしていた。

すぐに食べないのは、多分俺を待っているからだろう。


「……手、洗ってくる」

「五秒以内でね!」


相変わらず子どもっぽい彼女の言葉を背に受け、洗面所へと向かう。

それにしても、何故このタイミングでパスカルが現れたのだろう。

パスカルならいつ現れてもおかしくないが、彼女は今忙しいのではないか。

数日前に受け取ったフーリエからの手紙にそのようなことを書いてあった。


「グレイ、早く来ないと全部食べるよー!」

「はいはい」


ゆっくり考える時間すら与えられない。

考えても無駄だとも思えるから、気にしない。

俺はパスカルと向かい合う形で席に着いた。

改めてテーブルの上を見れば、懐かしい料理が並んでいる。

そのほとんどが俺の好物だった。

見たところ手作りだが、パスカルが作ったとは夢でも思わない。


「フーリエか?」

「あと、グレイのおばさんね。たまたま会って、渡してくれって」


確かに、子どもの頃おばさんが作ってくれた彼女の得意料理がまざってあった。


「いっただっきまーす!」

「……いただきます」


目の前の彼女は本当に美味しそうに食べる。



いつもよりゆっくりとした夕食時間は終わり、後片付けを終えた俺は再び席に着く。


「で、パスカルが来た理由は? 夕飯持ってきたわけじゃないだろ」

「グレイ、あたししばらくここで住むから、またよろしくね!」


どういうリアクションをするべきか、じっくり数秒考えてしまった。



音速の導師

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2011/11/11
加筆修正 2013/09/18


 

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