パスカルが同居することになって、早1日。
帰宅した俺は、玄関先でため息をつくことになった。
「パスカル?」
「おかえり、グレイ」
エプロンを身につけたパスカル。
そう表現すれば、まあ……普通だ。
家事をする時のものではなく、作業着のようなエプロン。
大きな2つのポケットは膨らんでいて、ブラウンのエプロンには所々ペンキがべったり。
「一応、聞く。何してるんだ?」
「模様替え?」
「疑問形で答えるな。あと、勝手に家を触るな」
白い外壁には、なかなか愉快な模様が描かれている。
センスのないものではないけれど、いきなりこんなことをされるのはあまり好きじゃない。
「んー……」
パスカルはオレンジのペンキがついたそれをパタパタと振る。
「これね、魔物避けの香料が入ってるんだよね。だから、ほら」
パスカルが指差した方へ顔を向ける。
彼女が倒したであろう魔物の山。
家の隣にそんなものを作らないでほしい。
「わかった。けど、次から一言言ってくれ」
「了解。グレイ、お腹すいたからご飯にしよ? あと、お土産」
「そんなものはない」
両手を出したパスカルの顔が青ざめるほどに変わる。
フラッとわざとらしく倒れ、そのまま泣き真似に入った。
「こんな甲斐甲斐しい妻にお土産1つくれないなんて……!」
「誰が妻だ。誰が。ただバナナパイが食べたいだけだろ」
「ちっ……。昔はもっと可愛かったのに」
嬉しくない。
パスカルの言う“可愛い”は、確実に俺を玩具にしている時に発する言葉だから。
それだけではなくても、嬉しくない。
「パスカル、早く着替えろ。ついでに風呂……」
「……」
「パスカル、約束したよな?」
「はい」
まるで叱られた子どものように、しょんぼりする。
力なく足を引きずるように、家の中へ入っていった。
俺はその辺に散らばっていた道具を適当に片づけてから入る。
「……」
彼女は散らかすつもりがなかったのだろうが、部屋は荒れていた。
泥棒が入ったのかと疑うほどに。
キッチンも同様だった。
今から片づける元気はない。
料理をする分には問題のない散らかり様を見れば、彼女の嫌がらせではないかとも思う。
さすがに、そんなことはないと思うけれど。
「ねね、グレイ」
調理を半分ほど終えた辺りで、パスカルは風呂から出てきた。
間違いなく約束は守ったようだ。
「何だ?」
「明日、一緒に出かけない? 仕事休みだよね?」
「……部屋の片づけが終わったら、考える」
「じゃ、あたし片づけるよ」
宣言するとすぐさま行動に移した。
これがあのパスカルなのかと俺は目を疑った。
パスカルの部屋を知る人間からすれば、彼女がまともに片づける様が信じられない。
鍋を焦がしそうになって、俺はようやく我に返った。
夕食の準備を終えると、パスカルも片づけが一段落したところだった。
適当に押し入れへ突っ込んだりしているのかと思ったが、ちゃんと整理している。
「これで、バナナ祭に行けるよ〜!」
「……はい? そんなものあったか?」
「あったよ〜。知らなかった? 今年で19回目。参加申し込みはもうしてるし。楽しみだね。バナナ大食い大会」
八分音符が乱舞しているように見える。
年齢より幼い無邪気な笑みは嫌いじゃない。
彼女らしくて好きだ。
ただ……。
「もしかして、その大会に俺も参加するのか?」
「当たり前だよ。参加条件はペアだからね。がんばって優勝するぞー!」
想像するだけで胸の辺りがムカムカした。
あまりに楽しそうなパスカルを見ていると、何も言えなかったけれど。
悪運の連鎖
ガトリングイビル
2010/11/23
加筆修正 2013/09/18
← →
←top