先週よりも日が落ちるのが早くなった。
夕暮れの道を足早に歩く。
気温も下がり、すっかり季節は変わっていた。
フェンデル出身の俺は、寒さには強い方だと思うが、寒いものは寒い。
今日の夕飯は体が温まるものにしよう……とか何とか考えていたら、家に着いた。
誰もいない家に帰ることにも慣れた。
一人が寂しいという年でもない。
鍵を開けようとした時、その違和感に気づいた。
扉が1センチ(にも満たないか)ほど開いている。
今朝の行動を思い返してみても、間違いなく鍵をかけていた。
泥棒かと考える。
盗られて困るようなものはなくもないが、こんな狭い小さな家をわざわざ狙う理由が考えられない。
泥棒心理はわからないから、何とも言えないけれど。
俺は、おそるおそる扉を引いた。
他人が中にいるかもしれないと思うと、奇妙な恐怖を感じる。
そんな緊張感の中、香ばしい匂いが漂ってきた。
クエスチョンマークを浮かべ、部屋の中へ。
甘い香ばしい匂い。
右手にあるリビングへと足を踏み入れた。
「……」
まさに今自分から飛び出した吹き出しはそんな感じだ。
故郷を飛び出して、半年。
慣れない土地での生活にも、自分らしさが見え始めたそんな時期。
「……」
もう一度。
今度はため息も同時だった。
そう広くないリビングに、中身の飛び出した大きめの箱が散乱している。
俺の荷物ではない。
明らかに送られてきた荷物でもない。
『誰か別の人間』のもの。
甘い香りをたどれば、そこにいたのは女の子。
いや、まあ、女の子だけど……。
彼女の姿を見た途端、色々なことが頭を過った。
あまり良いイメージではないものだ。
「ああ、久しぶり。おかえり、グレイ」
「パスカル、何してんだ?」
「ん? 片付け? 今は休憩中だけど」
「そうじゃなくて……!」
最後の一口を大事そうに口の中へ放り込み、ニッと笑った。
「今日から同居人、よろしくね!」
ピースサインとウインク。
彼女が纏う甘いバナナパイの香り。
断る気力も術もなく……。
激しい頭痛に悩まされる毎日が始まったのだった。
氷霧の白薙
フリージング
2010/11/11
加筆修正 2013/09/18
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