友人の家にお世話になってしまった。

自宅と呼べる場所を手にしてから、初めてのことかもしれない。

帰るに帰れない状況。

ただの逃げだとわかっていても、今はどうすることもできない。

しばらく泊めてほしいと伝えれば、彼女と喧嘩かと笑われた。

否定も肯定もできず、一発殴っておいた。

……ああ、これは、肯定したことになるのか。

彼女と喧嘩……。

どうも俺らとは縁遠い言葉に聞こえる。

パスカルと喧嘩らしい喧嘩をしたのは子どもの時だけだからな。

ここ最近はそれなりに良好な関係を築いていたと思うんだけれど。

まあ、俺が感じているだけだ。

男と女じゃ感じ方に大きな差があるだろうし。

友人ととる適当な朝食は味気ない。

無意識のうちに眉間に皺を寄せ、それを見た彼に笑われた。

どうも気持ちがどこか遠くにある不思議で奇妙な感覚から逃れられない。

いつもと違う時間に仕事へ向かう。

今日一日……いや、それ以上の期間この感覚から逃れられないのだろう。

俺が現実から目を背けている限り。

仕事が手に着かない、というわけでもなく、いつもよりスムーズにことが進んだ。

俺は一人の方が向いているということなのだろうか。

一生独り……?

いや、それはツラいものがある。

やっぱり誰かと一緒に生きていきたい。

誰かと心の中で言った瞬間浮かんだのは、やはりというかパスカルだった。

パスカルの存在が俺の中で随分大きくなってしまったらしい。

フーリエと付き合った時には感じたことのない感情だった。

これが年をとったということか。

それとも多少は恋愛に慣れたということだろうか。

経験豊富とは嘘でも言えない俺だが、それでも成長はしているらしい。

こんな日に限って定時で仕事が終わってしまった。

何か残業を……と探していると上司に叱られた。

たまには早く帰って体を休めろと。

帰りたくない気持ちを察してほしいとも思うが、そこで気を遣われたくもない。

仕方なく……という言葉はアレだが、俺は仮自宅へと足を向けた。


「グレイ!」

「パスカル!?」


まさかこんなところで会うとは思っていなかった。

というか、待ち伏せ?

よく俺が通る道わかったな。

これでも仕事先は言っていなかったと思うんだけど。


「グレイ、ごめん!」

「は? ごめん……?」


何故謝罪の言葉を口にしたのだろう。

パスカルが何かしたりしていな……。


「家のどこかを壊したのか? それとも、また勝手なことをして……」

「ちょ、グレイ、何の話?」

「いや、いきなり謝るから……」

「あたしが謝ってるのは、昨日のことだよ」


ドキリと跳ねた心臓は、まるでハンマーをぶつけられたかのような衝撃だった。

一瞬で喉を押さえつけられた。

呼吸の仕方を忘れてしまったかのように不自然に息を吐き出していた。


「グレイ?」

「あ……いや、うん」

「大丈夫? 野宿だった?」

「それはない」

「グレイ……」


瞳を潤ませたパスカルの姿は貴重かもしれない。

瞳に焼き付けるより前に抱きしめていた。

その顔をこれ以上さらしてほしくない。


「……悪かった」

「悪いのは……」

「そろそろ帰るか。夕飯の支度しないとな」

「今日はあたしが作るよ。だから、放して」

「……」


ちょっともったいないとか思ってしまった。

一体俺は何を考えているのだ。

苦笑を押し殺しながら華奢な体を離した。


「グレイ、家まで競争しよう?」

「そんなバカップルは嫌だ」



我が破りしは平穏なる障壁!具現せよ!

グリムシルフィ



2015/11/26



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