コイビトという関係になって早一週間が過ぎた。

その間にあった出来事と言えば……特筆することはない。

一度だけバナナパイのお土産をしたくらいだろうか。

つまり俺とパスカルとの関係は何一つ変わることなく同居生活が続いていた。


「グレイ……」


ここ数日の暑さにばてたパスカルがだるそうに俺を呼ぶ。

はっきり言ってフェンデル育ちの俺たちにこの気候はツラい。

体調を崩しても無理のない温度だ。


「……暑いな」

「冷静に言わないでよ! うぅ……喋る元気もないのに突っ込んでしまった……」

「そこで落ち込まなくても」


多分俺よりパスカルの方が暑さに弱い。

冷房を入れてアイスティーを差し出す。

無言で受け取ったパスカルはそれをごくごくと喉を鳴らして飲んだ。


「おいしい……。けど、復活できない……」

「何が言いたいんだ?」


机に突っ伏したパスカルはだるそうな、それでいて鋭さもある視線を向けた。

何かとんでもないことを言われるんじゃないだろうか。

俺は言葉を間違えたか?


「グレイ、デートしようよ」

「断る」

「何で!?」

「こんな暑い中出かけて、パスカルが倒れたらどうするんだ。俺は人の看病なんてできないぞ。自分で精一杯だからな」


パスカルと出かけるのが、嫌だと言う訳ではない。

たまに……そう、ごくたまに、だ。

面倒だと思うけれど、付き合いも長いし、彼女のこともだいたいわかる。

下手したら、自分のことよりも知っている部分があるかもしれない。


「あたしの心配してくれるんだ……」

「一応『コイビト』だからな」


まあ、コイビトというより昔なじみの感情が先立っている気がするが。


「じゃあ、もうちょっと涼しくなったら、デートしようよ」

「そうだな。一緒に出掛けるか」


そこでふと思う。

俺は過去にパスカルの姉・フーリエと付き合っていた。

世間一般に表現する恋人像とはかけ離れていたが、一応。

つまり、恋人らしいことはどういうものか、あまりわかっていない。

知識として一応知っているが、自分とパスカルがそんな関係になりうるのかと考えれば、違和感のオンパレードだ。


「グレイ、何黙ってるの? とりあえず、おかわりが欲しいんだけど?」

「はいはい」


空になったグラスを持ってその場を離れる。

新しい氷を入れて、アイスティーを注いだ。

カランコロンと氷が涼しげな音を奏でる。

どこか懐かしい匂いがした。


「グレイ、早く」

「はいはい」


急かされた俺はグラスをすぐさまパスカルに渡す。

そのグラスを彼女は頬に当てた。


「気持ちい〜」


へらっと笑ったパスカルは俺に同意を求めてきた。

頬にグラスを当てろと言うのか。

……全力で断ろう。


「飲め」

「……は〜い」


一気に飲んでも、体は上手く水分を摂れないだろうに。

見ていて飽きないから、パスカルといっしょにいるのは楽しい。

そんなことを言ったら、間違いなく怒るだろう。

俺は彼女の向かいに座った。


「グレイ、何考えてるの?」

「パスカルのこと。こんなに可愛い彼女がいて俺は幸せだなあと」

「……滅びたいなら、迷わなくて良かったのに」


そんなに怒ると思わなかった。

軽い冗談口調で言ったが、それが全部嘘だったわけではない。

幼子を愛でるソレではないし、動植物に使うソレでもない。

けれど。


「必殺! パスカルパ――」

「はいはい」


ストレートにやってきた彼女の手を掴む。

素直に顔に受けてやるほど、俺は優しくない。

痛いのは嫌いだ。


「グレイ、ちょっと変わった?」

「ん? 何が?」

「だから、一応付き合いだしてから」

「一応も何もないだろ。けど、変わったか?」

「うん。何か遠慮してる感じ? んー……ちょっと違うかな? けど、いい意味じゃなくて変わったよ」


自分ではわからない。

だから、パスカルに指摘されて驚いた。

いい意味じゃないということは、悪い意味で変わったらしい。

パスカルに距離をとっている、ということだろうか。

……そんなつもりはない。

いつも通り一緒に生活しているし、ご飯も一緒で……。


「グレイ?」

「……悪い」


一言断りを入れ、俺は席を立った。

考え始めてしまったからだろうか。

今、彼女と顔を合わせることを避けたいと思ってしまった。

財布だけ持って家を出る。

これからどうなるかなんて考える余裕はなく、今はただ体にまとわりつくこの空気から逃げ出したかった。



交わるは恐怖の荒神!

フィアフルストーム



2015/09/12



 

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