港に降り立ったフィーネは、肺に溜まった空気を思い切り吐き出した。
風が強く大きく揺れ続けた船。
まだ船上にいるように、体が揺れている気がした。
「だから、船っ……は、苦手、なのよ」
誰かに文句を言うつもりはないが、そんな独り言でも言わないと、やってられない。
この苛々は後で、アスベルに八つ当たりしようと決めた。
港を出ようとした時、フィーネは予想外に早く目的の人物と出会った。
「アスベル!?」
「フィーネ……?」
どこかダルそうに、彼はフィーネの名前を呼んだ。
顔色が悪いような気がする。
「どうしたの? 私……」
一緒にいる少女に気づき、フィーネは言葉を止めた。
長い薄紫色の髪は二つに結っている。
服装はオシャレよりも確実に動きやすさ(スポーツとかではなく戦闘向け)を重視していた。
そして、どこか遠い存在。
不思議な雰囲気を持つ少女だった。
「アスベル。この人、誰?」
彼の背に隠れるように、少女はフィーネを指差した。
「彼女は……」
「初めまして。私は、フィーネ・ヴェイン。アスベルのライバルよ」
「ライバル……? アスベル、殴り合いするの?」
アスベルはひきつった笑みのまま、訂正した。
確かに、殴り合いではない。
フィーネは剣でアスベルを倒すのだから。
「……船はもうすぐ出航しそうだな」
「え? アスベル船に乗るの?」
「ああ」
フィーネの任務は、ラントへ行ってアスベルを手伝うこと。
普通に考えて、『アスベルを手伝うこと』を優先すべきだろう。
つまり、また船に乗らなければならない。
色々と事情を訊きたいが、間もなく出航する船に乗るのならば時間がない。
数秒悩んで、フィーネはアスベルたちについて行くことにした。
(この瞬間、船沈まないかな……)
とかやけに物騒なことを考えながら。
ちなみに、船は沈むことなく定刻通り出発した。
甲板で感じる風は少し強く、三人の間を通り抜けていく。
「で、この子は?」
先ほど聞くタイミングを見失った少女。
べったりアスベルにくっついているところを見ると……。
「アスベルの恋人? てっきり好みは年上だと思ってた」
「はあ? そんなわけないだろ。彼女は、ソフィ」
アスベルが名前を紹介すれば、彼女はペコリと頭を下げた。
何となくまだ警戒されている。
「それで、ラントで何があったの?」
「……」
口は固く閉ざされてしまった。
事情聴取するのがフィーネの仕事ではない。
けれど、今アスベルがどういう状況なのか知りたい。
後々でいいだろうとフィーネは追及しなかった。
相変わらず船はよく揺れる。
「俺は中にいるよ」
いつもの元気はどこへ行ったのか。
顔色が悪い。
それは、肉体的なものか、精神的なものか。
「アスベル、私も行くわ」
「え?」
「フラフラしてて、今にも倒れそうよ」
「わたしも……」
「ソフィはここで待っていて?」
「でも……」
ソフィはチラリとアスベルを見た。
答えを求めるように。
一人残されることが不安だとわかりやすく見えた。
「ちょっとだけ待っててくれ」
「……わかった」
落ち込んだ彼女の頭を優しく撫でる。
アスベルにこんな一面があったのかとフィーネは不思議な感覚を覚えた。
仲間(ライバル)たちと楽しそうにしている姿は何度も見かけた。
それでも、どこか距離を取っているような違和感があったから。
「フィーネ、もうアスベル行ったよ?」
「……」
ソフィが一歩下がった。
フィーネも自覚している。
今自分がどんな顔をしているのか、鏡を見ているようによくわかった。
両手の平に爪が食い込むくらい、無意識に力を込めている。
「アスベルー!!」
フィーネの怒声が青い海に響き渡った。
← →
←top