剣を鞘に戻して、稽古に付き合ってくれた教官に頭を下げる。

実地訓練から帰ってきて三日。

自分の腕の未熟さとまだ目指せる先があることを知った一週間だった。

訓練を終えたフィーネはいつもよりゆっくり廊下を歩く。

この後の予定はなかった。

図書館に入り浸るか……と考えていたところへ聞き流せない言葉が飛んできた。


「そう言えば、マリク教官が昨日帰って来てたんだって」


ピタリと足を止める。

人気のある教官の名前だ。

ファンを公言する学生も多い。

フィーネも一時期憧れていた。

そんなことはどうでもいい。


「ねえ、その話ホント?」

「ヴェイン先輩! あ、はい」

「ということは、アスベルも帰って来てるってこと?」


女子学生二人は顔を見合わせた。


「何だか、ラント領の方が大変だとかで、先輩は……」


話を聞き終わるとお礼を言って、走り出す。

稽古の後だからか、いつもより体が動かない。

いつまで経ってもなかなか体力のつかない自身が嫌になる。

目的地に到着する頃には、まともに呼吸ができなくなっていた。


「失礼し、ますっ……」


何とか呼吸を整えて、扉を叩く。

許可の声が聞いてから、室内へ足を踏み入れた。


「フィーネか、どうした」

「あの、アスベルのことで少しお話が……」

「アスベル? ああ、ちょうど良かった」


書類をまとめると、マリクはフィーネの前に立った。

何がちょうど良かったのか考える。

決闘の一つでも受けてくれるのだろうか。


「フィーネ、しばらく予定は入ってなかったな?」

「はい。少なくとも一週間は未定です」

「ラントへ向かってくれないか?」

「ラント……ですか?」


いきなり何の話だろうか。

間抜けな顔を曝してしまったようで、マリクは声を抑えて笑った。


「ああ、すまん。アスベルが今ラントに戻っていることは知っているか?」

「はい。何だか大変だと噂で聞きました……」

「ラントの現状を伝えてもらうように言ったのだが、少々不安でな」


広まっている噂は本当らしく、マリクは否定も訂正もしなかった。

そんなことより、こんな風に言われるのは心外だ。

回りくどく言う必要などない。

はっきり言えばいい。

そう言ってくれないのならば……。


「悔しいですが、私はアスベルより劣っています。私が彼を手伝う必要はないと思いますが?」

「可愛くないな」

「その言葉、そのまま教官にお返しします」


マリクは苦笑を浮かべ、フィーネはつられるように笑った。


「わかりました。ラントに行って、アスベルの手伝いをする。それが私の任務ですね」

「ああ、頼む。だが、フィーネ・ヴェイン。無理はするな」

「はっ。失礼します」


敬礼して、退室しようとしたフィーネはふと足を止めた。


「あの」

「ん?」

「私、ラント初めてなんです。どっちですか? こっちですか?」

「……少なくとも、フィーネが指差している方向とは違う」


マリクから地図をもらい、何度も道順を繰り返し聞いた。


「ありがとうございます」

「……迷子になるなよ。これはお前の腕と頭脳を買って、任せるのだからな」

「はい、頑張ります」


不安の色を残すマリクを説得しようかと数秒悩んだ。

何を言っても、それは失敗した時の言い訳にしかならないような気がした。

結果を出せばいい。

一人前と認められるほどの結果を。

深く頭を下げて、フィーネは部屋を出た。

そのまま寮の部屋へ向かう。

軽くシャワーを浴びて、簡単に荷物を整える。

鏡の中の自分に一度笑いかけ、気を引き締めた。

正式なものではないが、一人で任務に向かうのは初めてだ。

この一週間の成果を試すには、良い機会だ。

アスベルをサポートするついでに、挑戦状も叩きつけよう。

頭の中を忙しく動き回るイメージ。

だが、ここでのんびりしているわけにはいかない。

フィーネは荷物を持って、部屋を出た。

この時の彼女は、世界が大きく変わりかけていたことに気づかなかった。

 

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