「物事は完全に終わるまで油断してはならない。オレはそう教えていた筈だ。違ったか? アスベル、フィーネ」


上から飛び降りてくる人影。

見慣れた武器と聞きなれた声。


「マリク教官!」


アスベルとフィーネの声が綺麗に重なった。

騎士学校で様々なことを教えてくれた教官が目の前に立ち塞がっていた。

彼の背後には数人の兵士が控えている。

これがどういう状況なのか容易に想像できた。

彼らは自分の武器を構える。

マリクは最初に彼らの作戦を褒めた。

そして、直すべき点を指摘する。

やはり、教官だ。


「リチャード殿下」

「僕が誰かを知ってなお、刃を向けるつもりか」

「それが私の今の仕事です。騎士団は新国王陛下の下に入りましたので」

「殿下に敵対するつもりなら、たとえ教官が相手と言えど戦うしかありません」

「当然。そして、勝つよ」

「……それでいい、アスベル。フィーネ。ならばお前たちの全力をもってオレを止めてみせろ!」


勝つと口にしたが、今まで勝てる要素なんて見つけられた試しがない。

それでも、フィーネはリチャードを守ると決めた。

彼の歩く道を一緒に切り拓いていきたいと望んだ。

愛用と呼ぶにはまだ浅い剣を握る。

戦闘用の呼吸を体に覚えさせる。

さあ戦うよと体に教える。


「パスカル、リチャード。後方支援を頼めるか?」


アスベルが指示を出す。

二人はそれに頷き、改めて武器を構え直した。


「ソフィ、フィーネ」

「仕方ない。アスベルのサポートに回る。貸し、だからね」

「近いうちに返すさ」


アスベルは剣を抜き、地面を蹴った。

フィーネとソフィはそれに続く。

アスベルは真っ直ぐにマリクに向かった。

彼の戦いを誰にも邪魔させないでおこう、とりあえず。

マリクの背後に立つ騎士たちに狙いを定めた。


「ソフィは左をお願い」

「わかった。フィーネ、気をつけてね」

「当然」


男女の差を埋める方法、体格差を埋める方法、それは自身の教官に……そして、マリクにも教わった。

強い力を流して、それを倍返しにする。

素早さに特化したわけではないけれど、劣っているわけでもない。

戦うことに迷いがないといえば嘘になる。

嘘を真実にするのだ、今。

相手の武器を思い切り弾き飛ばし、柄で止めを刺す。

殺す覚悟なんてできない。

甘いと言われてもこれがフィーネの戦い方だ。


「フィーネ、後ろ!」


戦いは終わっていない。

こんなところで安堵するのは甘い。

そう教え込むようにマリクの武器がぎりぎりのところを飛んで行った。

マリクの戦い方は最後の演習のようだ。

だったら、合格点をもらってやる。

パスカルの術がマリクの足止めに成功した。

アスベルはそのチャンスを逃さない。

それはフィーネだって同じだ。

もしもアスベルが失敗したならフィーネが止めを刺す。

二人は地面を蹴る。

未来を掴むために教官を超える。


「……強くなったな、アスベル。そして、フィーネ」

「教官……」

「……」


強くなった、本当にそうだろうか。

彼女らは数で勝っていた。

戦闘経験は圧倒的に不足していた。

強くならなければならない、もっと。

強くなりたい。

守るべきものを護るために。

自分が自分でいられるように。

こうやってまた教えられる。

悔しいけれど、まだまだ学生だ。

その時、兵士が一人走ってきた。

敵ではなく味方だ。


「殿下! 公爵様から伝令です。砦を無事制圧いたしました!」


フィーネたちの表情がぱあっと明るくなる。

初めてとも言える任務を無事に完遂した。

喜ぶ間もなく、リチャードの剣がマリクに向けられた。

アスベルは慌てて二人の間に体を滑り込ませた。


「待ってくれ! 教官はリチャードが憎くて歯向かった訳じゃない。教官はリチャードの目指す国家に必要となる人物だ」

「アスベル、言いたいことはわかるけど……」

「必要かそうでないかは僕が決める!」


フィーネが言いたいことをリチャードはそのまま紡ぐ。

王子殿下に剣を向けた罪を決めるのは、フィーネたちではない。

それがどんなに優秀な人間であろうとも。

どんなに親しく大切な人であろうとも。

決めるのは、この国の法だ。

突然リチャードが膝を折った。


「リチャード!」

「殿下!?」

「大丈夫だ、二人とも。心配には及ばない。少し気分が優れないだけだ」


リチャードはそのまま剣収める。

気分というより体調が悪いように見えないでもない。

フィーネが口をはさむ部分でもないだろう。

今のリチャードの雰囲気では声をかけにくかった。


「この者たちの処分は後で決める。とりあえず、逃げないように砦のどこかに放り込んでおけ」

「はっ」


リチャードはその雰囲気のまま先にデールの所へ行くと一言残して、行ってしまった。


「どうやらここが最期の場所ではなくなったようだ。……アスベル。そして、フィーネ。卒業こそ叶わなかったがもうお前たちは立派な騎士だ。……殿下の力になってこの国を支えてくれ」

「マリク教官……」

「ありがとうございます。これもひとえに、これまでの教官のご指導のお陰です」


二人は心を込めて敬礼した。

伝わるだろう、二人の気持ちは。


「あの人、これからどうなるの?」


パスカルの疑問にアスベルは一瞬苦い顔をした。

それから言葉を紡ぐ。

それは自分に言い聞かせているようにも見えた。


「あたしたちはこれからどうする? リチャードの所へ行く?」

「そうだな……確かデール公の所へ向かうと言っていたが……」

「シェリア……」

「え?」

「シェリアが下にいる」

「なんだって? 下に行って確認してみるか」


シェリア、それは誰の名前なのだろうかと疑問に思いながら、フィーネは彼らに続いた。



2015/12/15



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