グレルサイドの町並みは美しく、普段バロニアにばかりいるせいか他の町というだけで少し心が踊る。
観光で来たわけではないのだから、フィーネは緩みかけた頬を叩いた。
「フィーネ、どうしたの?」
「あ、えと……少し緊張してる、かな」
迷ってそう答えると、ソフィは自身の胸に手を当て、それから頬を軽く叩いた。
「ソフィ?」
「フィーネのマネ? わたしも緊張してる……のかな。ちょっとね、ココが……」
ぽんぽんと胸を叩くソフィの表情がやけに思いつめたようなもので気になった。
しかし、その理由を聞く前にたどり着いた。
町の一番奥が目的地だった。
デール公爵邸の扉を開く。
中に入るとすぐに、リチャードの名前が呼ばれた。
彼の名を呼んだ人物こそ、グレルサイドを中心とした領地を管理するデール公だった。
デールはリチャードの前で跪いた。
「殿下、よくぞご無事であらせられました。今も王都にいらっしゃるのなら何としてもお助けしなければと出撃の準備を整えておりました」
「心配をかけてすまなかった。集めた軍勢は、これから始まる戦いに使わせてほしい。僕は叔父セルディクを倒し、父上の無念を晴らす。デールにも力を貸してほしい」
「ははっ! 無論でございます!」
どうやら上手くいきそうだ。
心配していたわけではないけれど安堵した。
デールの元でならリチャードもゆっくり休めるだろうし、王都を取り戻すことも可能だろう。
「そうだ、紹介しておこう」
リチャードの言葉にデール立ち上がる。
「こちらはアスベル。彼がいてくれたお陰で僕は王都を脱出する事ができた。ソフィとフィーネさんとパスカルさん。彼女たちにもとても世話になった」
アスベルと共にフィーネも姿勢を正す。
ソフィはまた彼女の真似をした。
「アスベル・ラントです。お目にかかれて光栄です」
「もしや君はラント領の……」
「はっ。前領主アストンの長男です」
「君は……」
「フィーネ・ヴェインと申します」
「やはりそうか、ヴェイン殿の……。君の父には何度か助けられたことがある。こうしてお嬢さんに会えて嬉しい」
父親がデールと知り合いだなんて初めて聞いた。
驚きつつもフィーネは笑顔を返す。
「君たちに礼を言う。よく殿下を助けてくれた」
「とんでもありません。殿下のために尽力するのは当然の事です」
「それにしてもラント領か……」
デールの声がワントーン下がった。
現在のラントは事実上ストラタの支配下にある。
アスベルの表情が強張る。
リチャードは詳しい現状を教えてほしいと頼み、デールはフィーネたちを部屋へ案内した。
広いこの部屋はデールの執務室だろうか。
失礼のない程度にフィーネは部屋を見回した。
リチャードは椅子に座り、デールはテーブルに地図広げた。
その周りにフィーネたちは集まる。
デールは現状を説明し始めた。
セルディクは王都を中止に周辺の地域を掌握している。
ラント領にいるストラタ軍は、今はセルディクと共に軍を動かす気配はないと言う。
けれど、ラント領付近にあった輝石鉱脈がストラタ軍に押さえられているのだとか。
「それだとウィンドル国内の輝石の流通がいずれ滞る可能性があるね」
「はい。事態が長期化した場合その事も大きな問題となる可能性があります」
ストラタとウィンドルの同盟についても尋ねる。
デールは頷き、セルディクとストラタが以前から深くつながっていることを告げた。
「おそらく反乱に協力するか、傍観してもらう見返りに、叔父はラントを差し出したんだね。すまない、アスベル。君には酷な話だったね」
アスベルは首を振った。
その横顔は緊張の面持ちで、フィーネが何か言葉をかけられる雰囲気ではなかった。
「アスベル・ラント。フィーネ・ヴェイン。ここから先は重要な話になる。君たちは遠慮してもらいたい」
部外者だと暗に告げられた。
フィーネは言われた通りに席を外そうとしたが、アスベルは違った。
「お待ち下さい。どうか私も殿下の王都を取り戻す戦いに参加させていただけませんか? どうかお願いいたします! 私はなんとしても殿下のお力になりたいのです!」
「アスベル……」
「デール、僕からも頼むよ。僕はアスベルを……それにフィーネさんを頼りにしているんだ」
リチャードが言葉を添えるとデールはすぐに頷いた。
フィーネ、アスベル、ソフィ、パスカル……彼女たち四人は、王都奪還作戦に参加することになった。
全員がデールの周りに集まる。
そこで彼は説明を始めた。
問題となるのは、やはりウォールブリッジ。
セルディクはたくさんの兵士を配置しているらしい。
正面突破というのは、いくらなんでも無謀だ。
「正面が無理となると……」
「それなら中に潜りこんじゃえば? さっきは通らなかったけどあの遺跡の中には、真上の砦に行ける装置もあるよ」
「そうなの?」
「うん。確認済み」
「つまり、先に誰かがウォールブリッジに潜入して扉を開ける……そういうことだね」
パスカルが指を鳴らした。
確かに名案だ。
アスベルは扉を開ける役目に志願した。
フィーネもそのつもりだから意志を示す。
リチャードはすっと立ち上がった。
「では、僕も一緒に行くよ。僕は、自分の手でこの戦いを遂行し、勝ちたいんだ。亡くなった父上の為にも……」
「殿下……」
「よし。そうと決まったら、さっそく指揮官を集めて具体的な作戦を協議しよう」
***
大まかな作戦内容を脳内で繰り返しながら、フィーネはデール邸の廊下を歩いていた。
淡い明かりが照らす廊下には、月明かりが射し込んでいる。
何となく窓の外を見れば、アスベルとリチャードの姿が見えた。
何かを話しているのはわかるが、当然ここまで声は聞こえない。
「どんな話をしてるんだろ」
フィーネの呟きは、夜に吸い込まれていった。
会話の内容はだいたい想像できる。
間違いなく、明日のことだろう。
出撃は明日だった。
フィーネたちが十分に準備する時間は与えられなかった。
けれど、それだけの事態が現実に起こっていることを考えると、文句など浮かびはしなかった。
フィーネは戦うと決めた。
再び平和な世界が訪れるための努力ならば惜しまない。
たとえ、騎士学校時代の仲間と剣を交えることになろうとも。
ふと視線を動かせばソフィの姿が見えた。
彼女はじっとアスベルたちを見ている。
どちらかに話でもあるのだろうか。
この距離だから確かなことは言えないが、少し雰囲気が違うような気がした。
上手く言えないが、何やら思い悩んでいるような……。
そこまで考えて、昼間のソフィとリチャードのことが浮かんだ。
フィーネが入り込めない三人の空気。
なのに、ソフィとリチャードの間にはボタンの掛け違いをしたような奇妙な違和感があった。
考えていても仕方ないとフィーネは頭を振る。
明日に備えて今は寝るべきだ。
眠気を伴わぬ体を借りた部屋のベッドに寝かせつけた。
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