戦闘を終えた四人はほっと息を吐く。
安心するには少し早いような気もしたが、今のところ他に何者かの気配を感じられなかった。
「この兵たちは……」
アスベルは剣を鞘へ戻し、倒した彼らへ目を向けた。
「叔父のセルディク大公……今や国王を騙るあの男の手の者だよ」
リチャードも剣を戻し、悔しさを滲み出させながら言った。
こういう時に何と声をかけたらいいのかわからない。
そんな自分を情けなく歯痒く思いながら、フィーネは話を聞く側になった。
「叔父は父から王位を奪おうと昔から策謀を巡らせていた。そしてついに強硬手段に出たんだ」
「セルディク大公が……」
「アスベル、聞いてくれ」
リチャードは彼の父の敵を討つために戦うと言った。
そして、アスベルを誘う。
彼がそれを拒否するはずがない。
二人は共に戦う決意の証として手を重ねた。
「7年前……友情の誓い……」
入り込めない雰囲気は、今までも数回感じていた。
今心に浮かんでいる感情は「羨ましい」なのだろうか。
それとも「寂しい」なのか。
アスベルとリチャードの手にソフィも重ねる。
が、すぐに二人は手を離した。
まるでそれは条件反射。
気のせいだろうかとフィーネは瞬きを繰り返す。
二人の手が触れ合った瞬間、何かが見えたような気がした。
「へ、変だな……。今、急に悪寒が……」
自分の手を見つめていたソフィはリチャードから逃げるようにアスベルの背中へ隠れた。
こうして見ると、本当に兄妹のように見える。
「リチャード、大丈夫か? 体の具合が良くないんじゃないか?」
「僕なら大丈夫だ。それよりもすぐにグレルサイドへ向かおう」
アスベルとリチャードを先頭に、フィーネは一番後ろを歩く。
国王陛下を殺害したのは騎士団だという、その現実は少なからず彼女の心を傷つけていた。
フィーネが騎士学校を出てアスベルと合流するまでの間に、彼は学校をやめていた。
亡くなった父の跡を継いで領主になるために。
フィーネは未だ騎士学生だ。
リチャードはアスベルの力を必要としているが、フィーネはたまたま出会っただけの紙よりも薄い関係。
彼女の立場(かたがき)上、リチャードの敵ということになる。
フィーネは自然に足を止めていた。
彼らと一緒に行く理由がないのではないか。
いや、リチャードを守りたいという気持ちに嘘はない。
騎士としてすべきことは何なのか。
国王を名乗るセルディク大公側にいること。
リチャードの側にいること。
今自分がしたいことは、するべきことは何なのだろう。
様々な思いが交差して、フィーネはその場から一歩も進めなくなっていた。
このまま離れた方がいいのかもしれない、そう考えた。
「フィーネさん」
「え? あ、はい」
開いた距離を簡単に埋めたリチャードは眉を下げて、フィーネに謝る。
「君を仲間外れにするような真似をしてすまない」
「え? いえ、リチャード殿下が気にされるようなことでは……」
「君が今距離を取ったのは、僕たちに遠慮したからじゃないのかい?」
「それは……」
否定の言葉は上手く出なかった。
うつむいたフィーネを見て、リチャードは肯定だと受け取ったのだろう。
申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にした。
「ち、違います。私はただ、足手まといになるから、ここで別れた方が……いいと……」
段々小さくなっていく声は不安の表れか。
情けない、とフィーネはまた1つ心に鉛を落とした。
「フィーネさん、君が気に病むことは何もない。僕は君と一緒に戦って気づいたんだ」
リチャードはフィーネの手を取り、頷いた。
「君の力も必要なんだ。僕に君の力を貸してもらえないだろうか」
こんな風に言われたら断れない。
何て嬉しい言葉なのだろうと噛みしめ、力強く頷いた。
「はい。私に出来ることを精一杯……」
「あ、いや」
歯切れ悪くリチャードはフィーネを止めた。
何か失礼なことを口走ってしまったのだろうか。
どうやら自分は実年齢より幼いらしいと改めて実感させられた。
「リチャード、フィーネ、どうしたんだ?」
アスベルとソフィが並んで、二人を見ている。
こんなところで、のんびりしている暇はない。
追手は諦めてなどいないのだから。
「行こうか、フィーネさん」
「はい、殿下」
「僕たちは『友達』だよ」
その4文字がフィーネに気づかせた。
さっき何を“間違えた”のか。
「はい。一緒にがんばりましょうね」
今度はリチャードの笑みを見ることができた。
順調に進んでいた四人はそこで足を止める。
「この先にあるのはウォールブリッジだよ」
身を潜めて、声も潜めて、様子を窺う。
「橋がそのまま砦になっているのか……」
その砦の入口に立つ兵士の姿。
「警備しているのは叔父の軍勢か?」
その疑問にアスベルが頷いた。
当然素直に通らせてもらえるはずがない。
となると別の道を探さなければならないのだが、どうやらすべて王都を経由しなければならないルートらしい。
「今王都へ戻るのは危険過ぎる。弱ったな……」
三人は唸り声をハモらせた。
時間がないのに、なかなか良い案が浮かばない。
その時、何やら悲鳴のようなものと何かがぶつかるような音がした。
ふと辺りを見ると、ソフィがいない。
今の音の発生源はソフィなのだろうか。
三人は彼女の元へ駆け寄った。
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