薄暗い、足場の悪い道を歩く。
時折襲ってくる魔物は、アスベルとソフィが即座に返り討ちにするため、フィーネの出番はない。
だから、彼女は二人より後方、リチャードの側で彼を守ることにした。
守ると言っても、今のところ一緒に歩いているだけだ。
「フィーネさん」
「何でしょう、殿下」
フィーネがちらちらと背後を気にしているのが悪かったのか。
それとも……。
「こんな時に言うべきなのか悩んだのだけれど、僕と友達になってくれないか?」
「……?」
今何を言われたのかと感覚すべてを奪われれば、地面のでこぼこに足を引っかけて転んだ。
「フィーネさん!?」
こんな風に転んだことが久しぶりで、しかもリチャードの目の前という特典つき。
恥ずかしさのあまり、しばらくは起き上がりたくなかった。
起き上がりたくはないが、転んだままというのも恥ずかしい。
地面に座り込む形で上半身を起こした。
「ご、ごめんなさい……」
「いや、謝るのは僕の方だ」
「いえ、その、私……」
笑えるくらいに動揺していた。
穴があったら入りたい。
泣きたい。
今までもそれなりに恥を体験してきたが、今回はそれ以上だった。
「フィーネ、大丈夫?」
「平気。ありがとう、ソフィ」
彼女の手を借りて、立ち上がる。
申し訳なさそうにしているリチャードへ体を向け、精一杯の微笑みを浮かべた。
作り笑いのつもりはなく、少しでも上品に見せたかったのだろう。
たった今の失態を誤魔化すために。
「私でよろしければ、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
手を握る。
ただそれだけのことなのに、緊張して震えてしまった。
優しいあたたかい手。
この人が、この温もりが、ウィンドルに必要なのだと思った。
「出口だぞ」
アスベルの声に顔を向けると、柔らかな陽ざしが射し込んでいるのが見えた。
その明かりにほっとする。
暗闇の中よりも、やっぱり太陽の下がいい。
フィーネはリチャードとソフィを促し、光の方へ歩いた。
眩しい青空と水辺特有の香りに迎えられる。
待ち伏せを警戒し、辺りに目を配らせたが人の気配はなかった。
慎重すぎる警戒と緊張感から解き放たれ、フィーネはほっと息を吐き出した。
「よかった。無事に外に出られたようだね」
リチャードも同じ気持ちだったのだろう。
安堵の声音はフィーネたちとよく似ていた。
三人の元へ歩み寄ってきた彼は、肩で呼吸をしている。
ところどころで苦しそうにしていたが、今はそれ以上だ。
発作のようにも見えるが、持病か何かあるのだろうか。
「リチャード、大丈夫か?」
「心配はいらない……。ちょっと疲れただけだよ」
本当にただの疲労だけだろうか。
確かに外傷は見えない。
フィーネはアスベルとリチャードのやりとりを見守る。
まだ事情はよくわかっていないが、恐らく精神的な疲労が大きいのだろう。
隣にいながら、癒すことが叶わなかったことを少し後悔した。
このままのリチャードを連れてはいけない。
アスベルとフィーネは目配せした。
「どこか一息つけそうな場所はあるか?」
街道沿いに小屋があるという情報をリチャードから聞き、四人はそこへ向かうことにした。
わりとすぐにその小屋は見つかった。
旅人たちがよく利用するのか、思っていたより綺麗な外見だった。
小屋へ行こうとするアスベルをリチャードは止める。
その場に座った彼に、三人も足を止めた。
すぐ側にいた鳥に興味を示すソフィ。
「ソフィ、あまり遠くへ行ったら駄目だからな」
「わかった」
「ソフィ、私も一緒にいていい?」
「うん」
しばらく鳥を観察するように眺める。
これだけ近くにいるのに逃げる様子はない。
人間に馴れているのだろうか。
「なんだって!?」
アスベルの大声に驚いた鳥が逃げ出す。
ソフィはそれを追いかけた。
フィーネも彼女のあとを追う。
リチャードの話は気になるが、あとでアスベルに聞けばいいだろう。
フィーネは何故だかソフィが心配だった。
「ねえ、フィーネ」
「何?」
「フィーネはアスベルが好き?」
たった今、ソフィの側へ来たことを後悔した。
逃げ出そうにも、話を逸らそうにも、掴まれた腕と真っ直ぐな瞳から逃れることは叶わない。
フィーネは深いため息をついた。
彼女は心配しているのかもしれない。
フィーネが無闇にアスベルを傷つけるのではないかと。
彼女が口にした『好き』は、一般に使われる『好き』と意味合いが違うような気がした。
何と言えばいいのかわからなかったが、覚えたての言葉をそのまま使っているような……。
自分の考えが失礼なものだと気づき、フィーネは頭を振った。
「好きだよ。ただ、負けたくない相手っていう点では……」
言葉が途切れる。
「フィーネ」
「うん」
ソフィの瞳にフィーネも頷く。
聞こえてきた鎧の音。
瞬時に緊張感が走った。
「ソフィはアスベルたちに伝えて」
「わかった!」
剣を握る。
一人でどうにかしようとは思わない。
ただ、彼らに準備するだけの、わずかな時間を作りたかったのだった。
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