「アスベル、君は本当に僕を助けに来てくれたんだね」
優しい笑みを携えながら、リチャードは彼にお礼を言った。
そんなリチャードに対して、アスベルは姿勢を正す。
フィーネも彼に続くように、そしてソフィもそれを真似した。
「はっ。間に合って良かったです」
「そんな他人行儀な話し方をしないでくれ。僕と君の仲じゃないか」
知らなかった。
とフィーネは心の中で呟く。
アスベルとリチャードがこんなに親しい間柄だったなんて。
先ほどのやりとりを見て知り合い以上には親しいと思っていたが。
フィーネはアスベルと『あまり親しくない』のだから、知らなくて当然だ。
二人はしばらく言葉を交わす。
リチャードの頼み、では断れずアスベルは普段通りの話し方をすることになった。
「この子は……」
リチャードがソフィへと視線を向ける。
「ソフィ、リチャード殿下だ。ご挨拶を」
アスベルはソフィの背を軽く押して促す。
ソフィは窺うようにリチャードを見上げ、首を傾げた。
「ソフィ……。死んでしまったと聞かされたが……」
「例の花畑で出会ったので、そう呼んでいるんだが、本人かどうかはわからないんだ」
「……本人だろう。ソフィと同じ雰囲気を感じるよ。君もそれがわかっているから、ソフィと呼ぶんじゃないのかい?」
「それは……」
入っていけない会話。
入っていけない空気。
完全に疎外されていたが、フィーネはこれと言って何も感じなかった。
というより、どちらかと言えば安心していた。
リチャードと言葉を交わすことなど、自分の人生ではあり得ないと思っていた。
守るべき対象としての意識はあっても、どういう表情でどういう雰囲気で言葉を交わせばいいのだろう。
つまり、フィーネは今自分が置かれているやや非現実的な現状を飲み込もうと必死に内部の混乱を抑えていた。
それが精一杯だった。
「それで、彼女は?」
真っ直ぐに向けられた視線に、ドキリと心臓が跳ねる。
自己紹介をしなければと思ったのだが、なかなか言葉が出てこなかった。
ギュッと右手を強く握る。
「は……初めまして、殿下。フィーネ・ヴェインと申します」
リチャードの視線はフィーネとアスベルの間を行き来する。
そして、少し寂しそうに笑った。
「アスベル、本来ならばもっと違う場面で紹介してもらいたかったよ」
リチャードの言葉がどういう意味なのかわからず、フィーネはアスベルと視線を交わす。
そして、お互い首を傾げた。
「なあ、リチャード。どういう意味だ?」
「え? フィーネさんはアスベルの恋人じゃないのかい?」
言葉が出なかった。
理解するのに数秒以上を要し、フィーネは無言で剣を鞘から抜いた。
手が震えていたせいか、剣が高い金属音を奏でた。
迷うことなくそれをアスベルに突きつける。
「……フィーネ?」
「ねえ、アスベル」
「な、何だ?」
ひきつった彼に更に刃を近づけた。
ソフィがアスベルの前に入ろうとしたが、彼がそれを止める。
彼女の困惑した瞳を受けると、罪悪感に手が揺れた。
「お願いだから、私に近づかないで。知ってるよね?」
「……はい」
「そんな顔をしないで。私はアスベルを苛めたいわけじゃないんだから、だって……」
最後まで言えなかった。
リチャードの視線を痛いくらいに感じたから。
「誤解だったのか、すまない」
「殿下が謝られることなど何も……」
「アスベルの片思――……」
「リチャード!」
身の危険を感じたのだろう。
アスベルが彼の名前を叫ぶことで、言葉を切る。
それが原因ではないだろうが、突然リチャードがしゃがんだ。
「リチャード?」
アスベルは目線を合わせるようにしゃがむ。
「わからない……。急に胸が……」
「胸、ですか?」
触れることを躊躇うが、苦しそうにしているところを見ると、フィーネは右手をそっと伸ばした。
触れるところまで、あとわずか。
「向こうから声がするぞ!」
響いてきたのは、兵の声。
咄嗟に手を引いた。
「リチャード、詳しい話は後だ。今はとにかく王都を脱出しよう」
リチャードの目的地は、グレルサイド。
そこにいる『デール公』ならば、彼の力になってくれるだろうという話だ。
三人はリチャードに同行することを決め、ここから脱出することにした。
← →
←top