「……で?」


ようやく休憩が許されて、呼吸も何とか落ち着けた今。

フィーネはいつもより低い声で、たった一文字でアスベルを問い詰めた。


「あ、いや、その……」

「何で私が逃げなきゃなんないの?」

「それは……つまり……」


不意にフィーネは誰かに腕を引っ張られた。

『話すまで逃がさない』な勢いでアスベルに詰め寄っていたフィーネは、表情を緩めてその相手――ソフィへ顔を向けた。


「フィーネが一緒に逃げたのはね、一心同体だからだよ」

「……え?」

「フィーネはね、わたしとアスベル……」

「しっ!!」


アスベルがソフィの口を押さえた。

彼女が何か都合が悪いことを言おうとしたのかと疑う。

が、足音が聞こえてきたため、三人は壁に背をつけ息を潜めた。


「これから、どうするの?」


ゆっくり話をする時間さえ与えられない。

アスベルと会ってからずっと時に急かされているような気がした。


「聖堂へ行こう」

「聖堂? 城じゃなくて?」


アスベルはリチャードに会いに行くと言わなかったか。

確かに追っ手に行き先がバレている状況で、策もなく飛び込むのはただのバカか。

フィーネの疑問に答えず、アスベルは珍しく意味ありげな笑みを浮かべた。

見つからないように急ぎながら、三人は聖堂の前にたどり着いた。


「この建物に何かあるの?」


アスベルを見上げて、ソフィが尋ねる。

フィーネも聞きたかったことだから、彼女と同じように視線を向けた。


「……昔、この聖堂の中に隠し通路の入り口があった。今はどうなんだろうな」

「隠し通路、ね。そんな話、初めて聞いたわ」

「言い触らすようなことじゃなかったし」

「確かにね。それを今、私に言って大丈夫なの?」


意地悪な言い方をした自覚はある。

そんなフィーネを気にもせず、アスベルは自信を持って答えた。


「フィーネは大丈夫。信じてるから」


その言葉は何だか複雑だった。

誰もが知ってしまったら、隠し通路の意味がない。

それだけが理由ではないが、フィーネが誰かに言い触らすような真似をするはずがなかった。


「行ってみる?」

「……そうだな」


動くきっかけを欲したように、ソフィが言った。

行くしかない。

わかっていたはずなのに、アスベルは歯切れの悪い返事をした。

嫌な場所なのだろうか。



(……聖堂が? あ、隠し通路の方かな)



「……何だよ、フィーネ」

「あ、お構い無く」

「何が」


アスベルとフィーネが漫才のようなやりとりをしている中、ソフィが扉に近づく。


「おいおい、また扉を破ったのか」

「……また?」

「……あ、いや、そうじゃないか。ごめんごめん、間違えた。とにかく、中へ入ってみよう」


二人の間に何があるのかわからない。

どのような関係なのかも。

茶化せるような軽いものでないことだけはわかった。

アスベルに続くソフィ。

一呼吸おいて、フィーネも彼らに続いた。

歓迎されるような場所ではないと思っていたが、人通りがないせいか魔物の巣になっているようだ。

蜘蛛の巣やら、地下を好む生物やら、独特な雰囲気やらが辺りを支配するように蔓延っていた。

早くもフィーネは後悔し始めていた。


「フィーネ?」

「何でもないよ」


確実に重くなった足を無視して、フィーネは二人の後ろを遅れないように歩いた。

 

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