大きな音を立てて、乱暴に歩く。

フィーネを見た一般客は皆、何事かと思う好奇心より恐怖が勝ったようですぐに離れた。


「アスベル」

「あ、ああ……フィーネ」


ビシッと人差し指をアスベルの目の前に出した。


「私を無視したでしょ」

「そんなことは……」

「私を放っておいた罰よ」


右手の人差し指でアスベルの額に触れる。

五秒にも満たない時間。


「……これが、罰か?」

「そう、罰」

「フィーネ」

「何よ」


今度はアスベルがフィーネの額に触れた。

熱を測るように。


「ちょっと熱くないか?」

「アスベルの手が冷たいだけよ。私、何だか船酔いしたみたいだから、一人にして」

「あ、ああ……」


アスベルが立ち去るのを確認してから、フィーネはその場に座り込んだ。

段々息が上がってくる。


「だっ、から……船は、嫌いなのよ」


瞼を上げていられない。

人の邪魔にならない隅の方で、膝を抱えて意識を手放した。

それがどれくらいの時間だったのか、わからない。

フィーネ自身が感じているより、ずっと短い間だった。

けれど、気分はいくらかマシになっていた。


「そろそろ着くみたいね」


ゆっくり立ち上がり、甲板へ向かう。

アスベルもソフィもそこにいるだろうから。


「フィーネ」

「フィーネ、大丈夫か?」


フィーネに気づいたソフィが名前を呼ぶ。

続いて、アスベルが近づいてきた。


「大丈夫よ。心配してくれて、ありがとう」

「あ、いや……うん」

「アスベル、どうしたの?」


ソフィが首を傾げたが、彼は曖昧に濁して答えなかった。

船はもう間もなくバロニアに着く。


「ところで、フィーネはどうして港にいたんだ?」

「ちょっとした任務」

「任務?」

「そう。ラントへ行ってアスベルを手伝うこと」

「……」


視線が逸らされた。

まだ事情を話してくれないのだろう。

それはフィーネが頼りないせいか。

それとも、迷惑をかけたくないと遠慮しているのか。

今の彼を見るだけでは判断できなかった。


「私はしばらくアスベルたちについていく。迷惑だって言うのなら、やめるけど」

「いや、迷惑なんかじゃない。けど……」

「フィーネ、一緒に行こう?」


まだ警戒されていると思っていた。

それなのにソフィはフィーネの手を握って、誘ってくれた。


「いいよね、アスベル?」

「……ああ、わかった。フィーネ、よろしく」

「こちらこそ。隙が見えたら斬りかかるから、そっちもよろしく」


アスベルの顔にわずかな後悔が見えた。


「それで、二人はこれからどこへ行くつもりだったの? 騎士学校?」

「いや、リチャードに会いに行こうと思っている」

「リチャード……って、リチャード殿下?」


何故ここでウィンドルの王子が出てくるのか。

疑問に思ったが、彼に会わなければならない用事があるのだろうと自ら結論を出した。

船を降りて、三人は歩く。


「よしバロニア城へ向かおう」

「やはりか」


ソフィでもフィーネでもない。

三人は声の方を振り向く。

数人の兵がそこにいた。

どう見ても、友好的な雰囲気ではない。


「バロニア城へ行ってどうするつもりだ」

「リチャード殿下に会いに行くのかな?」


アスベルは唇を噛んだ。

隣にいて何となくだけど心情を読み取れる。



(アスベルくらいわかりやすければ、誰でもか)



それは目の前の彼らにも伝わったようで、男は笑った。


「図星か。死んだはずのリチャード殿下にどうしたら会えるというのだ? アスベル」

「死んだ……? リチャードが!? どういう事だ!?」


彼らを見た後で、アスベルはフィーネにも説明を求める瞳を向けた。

けれど、フィーネだって知らない。


「猿芝居をしても無駄だ。お前がとぼけているのは百も承知だ。さあ、お前の知っている事を話してもらおう」

「くそっ……! ソフィ、フィーネ。逃げるぞ」

「え、えぇ!? 私走るのはちょっと……」

「行くよ、フィーネ」


ソフィに手を掴まれ、強制的に走り出す。


「逃げたぞ! 追え!」


事情がわからない中、フィーネは転ばないようについて行くのが精一杯だった。

 

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