甘え下手
※歩が理緒と病院で対決した後、ひよのを残して一人で街を彷徨っている場面
※原作なら、第15話「信じる者の選択」(コミック4巻)
アニメなら、第7話「信じぬ者の選択」〜第8話「敗者ばかりの日」(DVD Vol.3〜Vol.4)
※歩視点
***
俺は兄貴とは違う。
兄貴と全然違うから。
***
足が……重かった。
体がだるくて、前が見えなくて……。
鈍い痛みだけが、自分の存在を現実にしていた。
「歩くん」
誰かに呼ばれたような気がした。
気のせいかと思い、一瞬止めた足を踏み出す。
「歩くん」
どうやら、聞き間違いではないようだ。
俺は無意識に溜め息をついていた。
ゆっくり顔を上げ、その主を探す。
瞳に映ったのは、一人の女性。
「あ、おばさん」
俺のその呟きが届くか届かないかのうちに、彼女の飛び蹴りが見事に決まる。
「ってー……」
「あら、ごめんなさいね」
わざとらしく、ふふふと笑う彼女。
「一体、どうしたんですか? 杏樹さん」
俺は蹴られた部分を撫でながら、彼女に目を向ける。
「どうしたもこうしたも、まどかから電話をもらってね」
「姉さんから?」
彼女・色瀬杏樹さんは、姉さんの親友だ。
「そ。最近、歩くんが変だってね」
「……」
「ま、冗談が言えるくらいだから、大丈夫みたいだけど?」
「……」
黙り込んだ俺の隣を歩きながら、杏樹さんは真っ直ぐ前を見つめていた。
今は、一人になりたかった。
一人に……。
そんな気持ちからか、足が止まる。
「歩くん?」
優しい彼女の声にさえ、苛立ちを感じてしまう。
兄貴なら、きっと簡単に「答え」を出す。
兄貴なら。
兄貴なら……。
「歩くん?」
何も言わない俺を不思議に思ったのか、彼女はもう一度名前を呼んだ。
「俺、急ぎますので」
頭を冷やした方がいい。
このままだと、杏樹さんを傷つけてしまうかもしれない。
そんな事を冷静に考えられている自分に笑いが込み上げた。
そんな余裕ある状況じゃないだろ?
「待って」
歩き出そうとした俺の左腕を掴む彼女。
「……何ですか」
苛立ちが言葉から感じられるような言い方だった。
「歩くんのバカっ!!」
という杏樹さんの言葉とデコピン。
「痛……」
額を手で押さえ、彼女を見る。
「ばか……」
震えるような声で、彼女はそう言った。
「杏樹……さん?」
いつもと違う様子に動揺してしまう。
「歩くんは、バカだよ。不器用だし、愛想悪いし、何考えてるのか分からないし、人の言う事全っ然聞いてないし、後ろ向きだし、生意気だし……」
随分と酷い事を言われているような気がする。
……気がするんじゃなくて、実際言われているのだが。
「だけど、本当は優しくて、思いやりがあって、料理が上手で……」
杏樹さんの声が、段々掠れていく。
「……杏樹さん」
俺が声をかけた次の瞬間、彼女に抱きしめられていた。
「え……?」
微かに香る柔らかな香水。
頬を掠める彼女の髪。
「強がりもいいけど、たまには素直になればいいじゃない」
「俺はいつも……」
「たまには、頼りにきなさいよ」
そう言うと、杏樹さんは俺から離れた。
そして、笑った。
「頼りにならないけどね」
それだけ言うと、杏樹さんは俺に背を向け、歩き始める。
「杏樹さん!」
「悩むだけ悩んで、納得できたら、頑張りなさい」
人込みに消えていく杏樹さんの後ろ姿。
「……ありがとうございます」
俺に何が出来るかなんて、分からない。
本当は何も出来ないのかもしれない。
だけど、今は……。
「あいつを何とかしないとな」
どうなるかは、分からない。
『兄貴ならもっとスマートに勝つんだろうが
これが俺の精一杯だ。
――二度と
こんなことしねーからな』
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移動 2016/01/17
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