◎重力を奪われた
「青峰くんはどうしてわたしに優しくするの」
先輩から言われた言葉に影響されたのかは知らないけれど、わたしは青峰くんと向き合うことにした。
臆病なわたしの精一杯の誠意。
青峰くんは、こんなわたしにもいっぱい優しくしてくれたから。
鳩が豆鉄砲を食らったような表情をした青峰くんは、しばらく口をぱくぱくさせたあとに、少し決まりが悪そうに目を反らせた。そして、言う。
「何回も言わせんな。…あー、名前が好きだからに決まってんだろ」
「えっ」
「はあ!?お前っ、気づいてなかったのかよ!」
「ごめんね、リップサービスだと思ってた。それと、わたし自身、あまり青峰くんに深入りしたくなかったのかも。青峰くん、軽そうだから」
「…それ普通本人の前で…って、お前はそういうやつだったな。ついでに俺も一つ聞いときたいことがあんだけど、良いか?」
「いいよ」
「お前は誰にでも、キ、キスするのか…?」
真っ赤に顔を染め上げて質問する青峰くんが求めている答えをわたしは知っていたけど、彼に嘘を告げることは出来ない。
これがわたしの誠意だ。
「するよ。必要としてくれるなら誰でも」
怒りと悲しみが入り交じったような瞳をした青峰くん。
こんなときにこんなことを思うのもどうなんだろうと思うけど、青峰くんはきれいだった。
「なんでだ?」
「誰かに必要とされるのが嬉しいからだよ。ごめんね」
「じゃあ!」
ばん、と壁に追い詰められた。頭の横に青峰くんの逞しい腕がある。
恐くはなかった。
「俺が名前を必要とする!だから…!もうこんな悲しいことはするな」
人のために怒れる人はそういない。
人のために怒れる人は、本当に信頼出来る人である。
先輩の言っていた言葉がようやく頭にすとんと落ちた。
「名前、お前じゃなきゃダメなんだ」
「うん、わたしも」
end.
20120831
(生きるために必要だった)
mae tsugi
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