▼的場
「せーじくん、私を祓って」
へらへらと笑っているいつもと同じ笑顔で彼女は言った。
奇しくも二人が出会ってからちょうど10年後のことだった。
彼女は妖怪で、おれは人間だった。けれども、彼女は祓い屋であるおれにとって軽く祓えるような存在ではなかった。彼女はおれの家族であり部下であり理解者であり思い人であった。おれを日頃から知る者が聞いたら確実に耳を疑うであろう。
彼女は妖怪を食う妖怪だった。
それに、圧倒的な力を持っていて、そこらの妖怪なんかよりもよっぽど賢かった。幼かった頃のおれは彼女と出会い、初めて負けるということを体験した。けれども彼女はおれを襲うようなことはせずに、へらへらと笑いかけてくる。強者の余裕だろうか、おれはそれを甘受した。おれだってまだ生きていたい。
「…ねえ、君、的場の子?」
「だからなんです」
「私を雇わない?」
いいことを思い付いた、とでも言うようににんまり笑った彼女に何度救われただろうか。
彼女が強大な力を持っていることは知ってた。彼女が優しいことも知ってた。何故、気づかなかったのだろう。
「君は強い。私を祓ってよ、せーじくん」
「いやです」
「君はもう私を祓えるでしょう?」
「おれはあなたを祓えません」
彼女が強大になりすぎた力を持っていることは知ってた。
でも、おれにはどうすることも出来なかった。
「…なんで、そんな優しい目をするんですか。生きたいと言えばいいでしょう…!そうしたらおれは何をしてでもあなたを生かす方法を見つけ出すのに」
「妖怪に肩入れするなんて、まだまだだね。私は生きていける見込みがないから消えるべきなんだよ。今までありがとうね、せーじくん」
「おれも連れていってください」
彼女はおれに笑顔を向けてくれた。家族からさえもらえなかった無償の愛を与えてくれた。
彼女なしでおれはどうやって生きていけばいいのです。
手のひらで顔を隠して密かに嗚咽を漏らす。どうせ、泣いていることなんてバレバレなのだろうけれど。
「私はね、せーじくんは生きててほしいな。我儘でごめんね」
「…なら、おれの我儘も聞いてくださいよ」
「ごめんね」
申し訳なさそうに謝る彼女に、おれはどうしようもなく悲しくなった。何がいけなかったのだろうか。彼女は何も悪くないのに。彼女は共食いをしなければ生きていけないのに。
大事な友達を食ったのだと彼女は泣く。おれさえいればいいでしょう?何で泣くのです。
「どうせ死ぬならせーじくんの手で死にたいの」
「………あなたに愛されて、しあわせでした」
「私も、せーじくんに愛されてしあわせだったよ」
儚く笑って消えていく彼女。去り際まできれいなんて、ずるい。
嗚呼、憎むべき妖怪!
おれはもう、恋などしない!
20120116
→
back