水の宴・U
06
ひどく身体が重たく感じた。
周りで聞こえる話し声も遠く聞こえ、アランは蹲るように膝を抱える。遠ざかる複数の足音に息をついて、閉じていた瞳をゆっくりと開く。
「大丈夫? 目が醒めたばっかりなのに騒いでごめん」
自分の背を恐る恐るといったように撫でる手に、抱き込んでいた毛布の端を手放すとアランは寝返りを打って振り返った。見上げた先では唇を噛み締めたまま自分を見下ろすメレイの姿がある。
「大丈夫だよ。なんかメレイを見たら力が抜けちゃってさ。……少し疲れたのかな」
苦笑いを浮かべて身体を起こすアランを、メレイは瞬きを忘れてしまったかのようにじっと見つめる。その目を見ながらアランは困ったように笑い、ゆっくりとした動作で彼女に腕を伸ばした。
「ごめんねメレイ、心配かけて」
しばらく沈黙が支配していた室内にアランの声と、木がしなり軋む音が響く。
なにも言わずにベッドに乗り上げて、自分に抱きついて来たメレイの身体を受けとめると、アランはその小さな頭を優しく撫でた。必死で抱きつき肩に顔を埋めるメレイの姿に、気の利いた台詞は浮かんでこなかった。
口を引き結んだままなにかを言いたげに見つめてくる、あれは……メレイが泣くのを堪えている時の顔だ。
「怖かった。アランがいなくなっちゃうかと思った」
「ごめん」
耳元で聞こえた小さな声は涙を堪えているのか少し震えていた。そしてその小さな声に更に消え入りそうな声が零れた。
けれどアランの言葉にメレイは額を肩につけたまま、擦り寄るように何度も顔を大きく左右に振った。
「アランは悪くない。あたしがあの時アランを一人にしなければ、……あたしがここに来ようなんて言わなければ良かったんだ」
そう言って縋るようにアランに抱きつき、何度もごめんなさいと呟くメレイを身体中の痛みを無視してアランは強く抱きしめた。身体の痛みよりもなによりもひどく胸が痛かった。
村の入り口で噴水を見上げた自分を覗き込んだメレイの表情は、どこか顔色を窺うようなそんな表情だった。その後の奔放な行動で見過ごしてしまいそうになった、どこか引っかかったあの表情は、彼女の我が侭であり優しさだったのだろう。
「ただ、のんびりして欲しかっただけなの。少し寄り道して色んな景色見て、アランが笑ってくれればそれで良かった、それだけなの。それだけなのに……」
不器用な優しさで自分を包み込もうとする必死な彼女の想いで、肩が温かく、そして冷たく濡れた。次第に堪えきれずに声を上げて泣き出した彼女を、ただじっと抱きしめながらアランは瞳を閉じる。
「ありがと」
小さく囁くような、静かな闇に溶け込むかのようなアランのその声に、メレイは更に隙間を埋めるように強く抱きつく。
「ありがとうなんて言わないで、ちゃんと叱ってよ」
「どうして? 叱ることなんてなにもないよ」
少しふて腐れたようなメレイの声にアランは不思議そうに首を傾げるが、ますます膨れっ面に磨きをかけて彼女は額をアランの肩に強く擦り付けた。
「な、なに? 痛いってメレイ」
力容赦なく頭突きかと思うほど押しつけられるメレイの頭を、アランは慌てて押し返すと彼女の両肩を押してその身を剥がした。
不機嫌そうな視線がアランに突き刺さる。
「だからお人好しだって言われるのよ」
メレイの視線に戸惑ったように瞬きをしたアランは、更に困惑した面持ちで首を捻った。
「それは……怒られることなのかな?」
アランの小さな呟きが闇の静けさに吸い込まれて消えた。
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