水の宴・U
05
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「女神様の眼を借り未来を見定める、それが私の務めです。ルイズの人々が健やかに暮らせるように導く力」

「リリィさんは、その……姫巫女なの?」

 アランは少し考え込む仕草をしてから、リリィの言葉に首を捻り思いついたその疑問を投げかけた。しかしリリィもまた首を傾げて少し考える素振りを見せる。
 その様子にアランはますます困惑したように彼女を見つめた。

「そうであって、そうではない。と言ったところです。この村の姫巫女は私の半身。彼女は女神様の声を聴くことができます」

 返ってきたリリィの言葉は更に曖昧で、ますます困惑した表情を浮かべてアランは助け舟を求めるようにバーンを見つめた。
 その情けない顔に彼は思わず込み上げそうになった笑いを堪えて肩を震わせた。

「ややこしいだろう。簡単に言えば姫巫女はリリィの双子の妹で、そのアリアはリリィと同じような力を持っている。ただ違うのはアリアは盲目ではないということだけだ」

「え? じゃあ姫巫女もバーンさんの妹?」

「あぁ」

 頷いたバーンを見たアランは、口を噤み押し黙ってしまった彼の想いはここにあったのだと気が付いた。

「神殿は闇に取り込まれたって、アリアさんは……」

「おそらくまだ神殿にいる。だが、実際のところわからない」

 どこか自嘲的な笑みを浮かべるバーンにアランは胸が痛んだ。

 今のルイズはあの日に似ていた。
 幼い頃の記憶など年を追うごとに忘れていくものだ。でもそれでも忘れられないことがある。言い知れぬ不安が身体中を覆い尽くして、その不安に飲み込まれそうだった。

 ――今はまだ眠っているけれど、あれはいつかまた目を醒ます日が来るだろう。

 ――闇は目に見えない場所で根を広げ、いつの間にか私たちの隣に身を潜めている。

「お父さん……」

 目の前が赤く染まり、なにかが手のひらからこぼれ落ちそうな錯覚がアランの手のひらを震わせた。不安で身体までもが小さく震える。

「アラン、目が覚めたのか」

「え?」

 重くなっていた空気を拭い去るような柔らかな声が、停止しかけていたアランの思考を呼び戻す。
 ゆっくりと顔を持ち上げれば、心配そうに自分を見下ろす瞳とぶつかった。

「ラデルさん?」

 確かめるように呟いた名前は不思議と気持ちを軽くした。
 名を呼ばれたラデルは表情を和らげると、アランの頭を撫でながら「良かった」と何度も何度も呟き繰り返した。
 その手の温もりに不意によぎった記憶の欠片は、もう戻ることのできない時間を思い出させてまた胸が痛む。

「行ったら倒れてるし、息してないし、どうしようかと思ったよ」

「ごめんなさい」

「別に謝ることじゃない。でも生きてて良かった」

 今にも泣き出しそうなアランの表情に小さく苦笑いを浮かべて、ラデルは幼子をあやすようにアランを撫でる。そして俯き小さくなったアランを優しく見下ろし、頭を撫でていた手を背に回すと引き寄せるように抱きしめた。

「ラ、ラデルさん?」

「大丈夫、もう大丈夫だ」

 突然の抱擁に驚いたアランは、戸惑ったままラデルの胸元を見つめていた。言い聞かせるように耳元で繰り返された言葉は、まるで心の不安を見透かされたようで返す言葉が見つからなかった。

「あー! ラデル抜け駆けしないでよ。離して!」

「イテッ」

 静まり返っていた部屋に叫び声に近い声が突然響き渡り、それと同時にラデルが顔を歪めてアランから身を離した。少し不機嫌そうに振り返ったラデルにつられてアランが視線の先を追うと、更に不機嫌そうに口を曲げたメレイが彼の背後で拳を握り締めて立っていた。

「メレイ?」

「アランを抱きしめて良いのはあたしとルゥイさんだけって言ったでしょ! 大体ラデルはあたしが運ぶって言ってるのにさっさとアランを連れ去るし! もぉ、邪魔なのよー!」

 半ば八つ当たりにも近い文句を並べながら、身を引いて逃げるラデルの背をメレイは何度も叩いた。

「痛い、痛いよメレイちゃん。だっていくら君が力持ちとはいえ、女の子に抱えられるのは男としてちょっと屈辱的だし」

 首を傾げて二人を見つめるアランを余所に、逃げる、叩く、止めるを繰り返し、彼らは賑やかな攻防戦を延々と繰り広げていた。
 二人が目覚めた途端に騒がしくなった室内にバーンは肩を竦め、リリィは楽しそうに笑っている。ほんの少し取り残された感を覚えたアランは目を細めて、わざとらしく咳払いをした。

「なんか僕がいない間に随分仲良くなったね」

 そんなアランの咳払いに振り返ったメレイとラデルは、その言葉に示し合わせたように眉間に皺を寄せた。

「どこが!」

「どこがよ!」

「……そこが」

 声を揃えて反論する二人に深く長いため息を吐き出して、急に押し寄せてきた疲労感を抱え毛布を頭まで被るとアランは二人に背を向けてベッドに横たわった。背後で慌てる二人の気配を感じるが、弁解するのもなんとなく面倒くさくなったアランはそれを無視して瞳を閉じた。



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