水の宴・U
04
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 ゆっくりとした動作で再び椅子に腰掛けるバーンを目で追いながら、アランは彼の言葉に神妙な面持ちで耳を傾けた。
 そしてそんなアランの表情に気が付いたのか、微かに苦笑いを浮かべるとバーンは静かに、言葉を選びながら話し始めた。

「やつが現れたのは二年ほど前だ。最初は噂に聞く程度だった。近隣の村で魔法使が姿を消すという噂が流れ、次第に死体が転がるようになった。それは徐々に範囲を広め、闇は魔法使を狩るだけでは飽き足らず、侵食するように多くの村を蝕んでいった」

 ルイズに闇が訪れたのは昨年の春が終わりを迎える頃だったという。
 いつものように花祭りを終えた村に異変が起こった。村を彩っていた花々が一斉に枯れ始め、村を囲む森に生き物の声がしなくなった。なにかの前触れかとざわめく村人たちでルイズは混乱に陥った。

 けれどルイズは女神の村と呼ばれるほどに水の女神の庇護が強く、小さい村には水の神殿があった。水の女神の化身と呼ばれる姫巫女が神殿を治めているルイズは、そのおかげで一度は闇を退けた。

 そして、平穏が訪れたと村人たちの誰もがそう信じていた。

「だが、村はまだ闇に囚われたままなんだ。それを知るのはこの村でもごく一部だ。……それが明らかになる前に、なんとかしてもう一度やつを退けなければいけないんだ。三日後、祭りの最終日に普段は神官しか出入りできない神殿が一般に開放され、姫巫女が一年ぶりに公に姿を現す」

「バーンさん?」

 不意に口を噤み黙り込んだバーンを怪訝そうに見つめてアランは小さく首を傾げるが、口を閉ざした彼は両手を強く握り、思いつめたように俯いたままだった。

「闇は神殿を取り込んでしまったんです」

「え?」

 押し黙ったバーンに戸惑っていたアランは、突然響いた澄んだ鈴の音のような声に驚きその声を辿った。慌ただしく辺りを見回したアランの視界に飛び込んできたのは、自身と同い年くらいの少女だった。彼女は部屋の入り口で佇みアランをじっと見つめていた。

「君、は……」

 その視線に気が付いたアランは、思わず息をするのも忘れてしまうほどその少女を見返してしまう。
 彼女の姿は今まで目にしたこともないものだった。どこか清浄さに満ちた少女は儚げで、不思議と畏怖はなかった。

「珍しいですか?」

「あ、いや、ごめん。そんなんじゃなくて。……あまりにも綺麗だったから、君の瞳と髪が」

 慌てて首を横に振ったアランを見つめて柔らかく笑う少女の瞳は紅玉のように美しく、首を傾げて肩の上で揺れた髪は透き通った白銀だった。

「リリィ、なんでお前」

 二人のやり取りに我に返ったバーンはそう言って焦ったように立ち上がり、少女の、リリィの傍に駆け寄った。

「一人で動き回ったら危ないだろう」

 その言葉にリリィはゆっくりと手を前に差し出すと、自分の隣に立ったバーンを探すように手を彷徨わせる。宙に浮いたリリィの手を取ると、バーンは少し呆れたような短いため息をついた。

「心配性なのよ、お兄ちゃんは。何年この家に住んでいると思っているの?」

 大げさなほど慌てふためくバーンにリリィは肩を竦めて笑みを浮かべると、ゆっくりとした足取りで部屋の中に歩を進めた。

「そうは言ってもな……」

「そんなことより、私をアランさんに紹介して」

 更に小言を続けようとするバーンを遮り、リリィはアランがいるベッドの傍で立ち止まると困り顔の兄を見上げる。その仕草にバーンは大きなため息をついてがっくりと肩を落としていた。

「あの、もしかして」

 しばらく黙って目の前の兄妹のやり取りを見ていたアランは違和感に気づいて首を傾げた。

「リリィさん、目が悪いの? 見えてない?」

 遠慮がちに呟かれるその問いに、リリィは至極愛らしい笑みを浮かべ頷く。

「人には視えないものが視えてしまう、その代償にリリィの目には光が射し込まないんだ」

 リリィの言葉を代弁するようにバーンはそう言って彼女の手を引き、今まで自分が腰掛けていた椅子に座らせた。
 そして急に静かになったアランを振り返り、バーンは少し不思議そうに首を傾げた。

「あ、すみません」

 急に自分へ向いたバーンの視線にアランは我に返ると、慌ててリリィから目を逸らす。思いのほか彼女を凝視してしまっていた自分に羞恥心を覚えて、アランは顔を熱くして俯いた。

「気にしないでください。私は気に病んではいませんから。これは女神様が与えてくださった村を護る力なんです」

「護る力?」

 俯いた顔を持ち上げ小さく首を傾げたアランに、リリィは満面の笑みを浮かべ頷いた。



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