始まりの風
05
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 もしもこの村を離れる日が来るとしたら、それは一体どんな日だろうか。

 アランは泣き止まないメレイを抱きしめたまま、ずっと胸に抱いていた疑問を再び自分に問いかけた。正直をいえばそんな日が来ることはないと思っていた。ずっとこのまま変わらぬ日々を過ごしていくのだとアランは思っていた。

 誰もが父を失ったことを嘆き、不完全な自分が残ったことに誰もが落胆した。存在を疎まれながらも、逃げ場のない、身の置き場のないこの場所で生きていくのだと思っていた。
 けれどその日は自分が思っていたよりも何気ない日の中で、突然に、そして必然的に訪れた。

 それはどこか予感めいていた。
 どうか村にこれ以上の闇が訪れませんようにと、春の訪れよりも早く父の前でそう強く祈った――それこそがすべての始まりだったのかもしれない。

 今はまだじっと身を潜めたまま眠っている闇が、いつか目覚めてこの村を飲み込み、大きく広がってしまうその前に、逃げるのではなく歩き出さなければいけないと、心のどこかで感じていたのだろう。

「一緒に行こうか」

 誰に言うでもない独り言のような呟き。けれどその声にメレイが顔を上げ、言葉を確かめるように身体を起こした。

「アラン?」

 恐る恐る、戸惑ったように見下ろした視線の先では、優しい新緑の瞳がメレイを見上げ微笑んでいた。

 あまりにも優しげなその表情に、再び溢れそうになった涙を押し留めそれを拭い去ると、メレイは勢いよく立ち上がりアランを見下ろした。その姿は先ほどまでの泣き顔のメレイではなく、負けず嫌いが顔を覗かせるいつもの彼女の姿だった。

「当ったり前じゃない。あんた一人で行かせたら、途中で悪いやつに騙されて泣きを見るんだから!」

 自分の様子を少し窺うように見上げてくるアランの視線に、メレイは戸惑う事なくはっきりと言い切った。アランはその言葉に驚いたように目を丸くし、彼女を見つめたまま何度も瞬きをした。

「そこまで僕は頼りないかな?」

 ゆっくりとした動作で半身を起こしたアランは、困ったように眉を下げて首を傾げる。

「頼りないわけじゃないけど、お人好し過ぎるの!」

 ほんの少しショックを受けた様子のアランの額を人差し指で小突くと、メレイは大きく息を吐いて両手を腰に当てた。

「そんなに言われるほどじゃないと思うけどなぁ」

 メレイの態度に不服そうに口を尖らせたアランは、そう呟きながら服についた土や草を払い、徐に立ち上がった。
 小柄な彼女よりもアランは幾分背が高く、ほんの少しだが急に見下ろされた視線にメレイは一瞬眉を寄せる。

「図体ばかり大きくなったって、その性格は治らないんだからね!」

「は? そんなこと僕、言ってないじゃないか」

 立ち上がった途端不機嫌になったメレイに、アランは驚きと共に頬を膨らませた。意味がわからないと口を曲げるアランを尻目に、彼女はますますムッとしながら見上げてくる。

「昔はあんなに小さかったくせに」

「小さいっていつの話だよ。一応僕も男なんでまだまだ育ち盛りなんです」

 不機嫌そうな視線で見上げられながらも、メレイの不機嫌の意味を悟ったアランは、苦笑いを浮かべるとわざとらしく彼女の頭をポンポンと軽く叩いた。そしてその仕草にますます頬を膨らませて怒るメレイを見て、思わず吹き出して笑ってしまった。

「なに笑ってんのよ!」

「んー、唯一メレイに勝るものができて良かったなぁと思って」

 冗談めいた口調でメレイをからかいながら、アランはいまだに膨れっ面の彼女を尻目に墓石と向き合うように後ろを向いた。

「全然良くない」

 急に背を向けたアランにメレイはますます不機嫌そうに口を尖らせるが、それを横目で見たアランは込み上げる笑いを堪えながら小さく肩が震わせた。

「良かったよ。だって、いつまでもメレイの後ろに隠れてはいられないもの」

 そういって振り返ったアランが浮かべた笑みに、メレイは少し驚いたように瞬きをし首を傾げた。



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