始まりの風
04
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 テンイルは山に囲まれた木々が生い茂る深い森の奥――とても辺境な地にあった。村と呼ぶにはあまりにも小さく、集落に近いそんなテンイルではあったが、随分と昔は神の寝床と呼ばれていたという。

 国の最北端にあるテンイルは海を隔てた外界とも近く。神々がテンイルに身を置きバルトニアを守護していたと言われている。
 それはテンイルに伝わる昔語りで、その言い伝えを象徴するように、テンイルの神殿ではバルトニアで唯一、大地の神々である五神の石像を奉っていた。

 北の地を統べるに相応しく、威風堂々とした雄々しい獣の姿を持つ森の神。そのすぐ傍に控える光の神と闇の神。そして北の大地を囲み流れ行く水の神と風の神だ。

 その神々の御力のおかげか、テンイルが村として生活を営み始めた時からこの村には多くの魔法使が生まれた。都で活躍する魔法使の出身はと問えば、そのほとんどがテンイルと答えるほどだったという。

 しかしある時を境にテンイルに魔法使が生まれることはなくなった。それがいつからで、なにが起きたのかそれを知るものは誰もいない。小さくとも国から憶えある村だったテンイルは、いつしか人の記憶から薄れ人が離れ、今や地図にすら残らなくなった。

 神に見放された村は絶望の縁に立たされた。

 けれど、今より十七年前。
 生まれたばかりの赤子を連れた神官が国から配属され、村は昔の温かく華やかな村へと生まれ変わった。そしてその神官と赤子が共に魔法使の証しを持っていたことで、村人たちは再び神々の祝福が舞い降りたのだと歓喜した。

 しかし村人たちが喜び勇んだのもつかの間、その平穏が長く続くことはなかった。
 村に禍々しく大きな風が吹いた。小さな村を吹き抜けたその風は大地を粗く削り、生命ある者を次々と殺ぎ落としていく――その様はまるで死神が振るう大きな鎌のようだった。
 そしてその生命を刈り取る黒い風は、アランの父、ルゥイの命と引き換えに神殿の奥深くに封じられた。

「あれからこの村には大きな闇が巣くっている」

 震えた両手でアランの胸元を握り、メレイはその胸元に顔を埋めた。
 じっと墓石を見つめていたアランは、自分の胸元がじんわりと暖かなもので濡れていくことに気が付いていた。怒りや苦しさや悔しさを押し込めたまま、声を殺して涙を流すメレイのすべてを抱きしめたいと思いながらも、なぜかアランは身動き取れぬまま、ただじっと答えを探すように瞳を閉じた。

「みんなその闇に侵されているんだ。だから人を傷つけることを厭わない。あんたを疎ましく感じながら、それでもあんたを縛りつけ、傷つけるみんなが許せない。……でも、なんにもできない自分がもっと許せない」

 握り締めた指先まで真っ白になるほどに強く握った拳。曇りのない青空みたいな綺麗な瞳が、風に波だった海のよう揺れ、溢れ出し止まらない涙。

 アランがもし魔法を勉強するために都へ行ってしまえば、村はまた昔のように忘れ去られた村となり、寂びれていくことになるだろう。魔法使がいると言うだけで、この村は忘れられることはない。
 そう、村の誰もがこの世界からの忘却を恐れているのだ。

「泣かないでメレイ。僕はメレイがいればなにもいらないから……だから泣かないで」

 震えるメレイの手をそっと優しく解き、アランは絹糸のような黄金色の髪を撫でながら頬を伝い落ちる涙を拭った。

「泣く! 泣く……そんなこと言ったら涙が止まらない。もっと貪欲になりなよ、あんたの世界は、ここで終わりじゃないんだから」

 小さな子供のようにしゃくりあげた声でそう言いながら、メレイは地面に寝転んだままのアランに覆い被さるように抱きついた。宣言通りに激しく泣き出した彼女の背中を優しく撫ぜながら、アランは困ったように静かな空を見上げた。



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