始まりの風
03
なにかがこもったような言葉に不思議そうに首を傾げたアランの頭を、メレイはポンポンと宥めるように軽く叩くと、そのまましばらくじっと彼の顔を凝視し続けた。
「な、なに? 僕の顔になにかついてる?」
いつも突然な行動をするメレイをよく知ってはいるものの、毎度のことながら彼女の行動は予測不可能だった。
なんとなく居心地が悪く後ろ手で後退りをすると、それに合わせてメレイもどんどん近づいてくる。
「最近ちゃんとご飯食べてる? 意地悪されてご飯食べてないんじゃないの?」
「え?」
戸惑うアランを余所に、メレイは逃げ腰のアランの顔を両手で掴むとグッと顔を近づけた。さすがにその行動に慌てたアランは、精一杯顔を背けるが、努力の甲斐も空しく彼の顔はメレイに向き直された。
実に華奢で女の子らしい風貌を持つメレイだったが、彼女の腕力は人並み外れた力がある。その力はそんじょそこらの男でも敵わないほどで、男の割に細身のアランが敵うはずがなかった。
目と鼻の先にあるメレイの顔を直視できず、諦めてアランは思わずぎゅっと目を瞑ってしまった。
「昔から風当たり強かったけど、ルゥイさんいなくなってから更にひどい。オールさんにご飯食べさせてもらってる? あんたすごい痩せた気がする」
「メ、メレイ近い。近いよ。そんなに近くしなくても見えるでしょ」
ブツブツと目の前で喋るメレイに、堪らずアランは両腕で力いっぱい彼女の肩を押した……が。
「もう、大人しくしててよ!」
そう言ってその腕を取ったメレイは、アランを勢いのままに地面に押し倒してしまった。
突然感じた背中の衝撃と、草と土の匂い。そしてメレイ越しに見える空の青さに、アランは一瞬気が遠くなりそうな気分に陥った。
「わかってはいるけど……もう少し僕の気持ちも考えてよ」
ぼやくようなアランの独り言は小さく。言葉は伝わることのないまま流れる空気に吸い込まれていった。
落胆の表情を浮かべるアランなどお構いなしに、ベタベタと顔や肩、胸や腰などを触りながらいまだブツブツ言っているメレイは馬乗りの状態で、首を傾げ眉間に皺を寄せている。
「んー、確かに身体は薄いけど。筋肉ないわけじゃないからまだマシか。でもこれじゃあ、そこら辺の女の子に負けないくらい細いわよ……って聞いてる?」
ひとしきりアランを観察し終えたメレイは、明後日の方向を見て力尽きているアランの腰を両手で掴むと視線の先に顔を近づけた。
「うわっ! メ、メレ、イ」
ぼんやりと空を見上げていたアランは、急に青空の替わりに現れたメレイの顔に、肩が飛び上がるほど驚き、言葉にならぬ声を上げて目を見開いた。
「ねぇ、アラン。二人でどっか遠くに行こうか」
「……どうしたの、メレイ」
心臓が飛び跳ねる程の驚きに焦っていたアランだったが、急に深刻なそうな声を出したメレイに首を傾げて、不思議そうに何度か瞬きを繰り返す。
けれど、その言葉に彼女の眉間に深い皺が刻まれる。
「嘘つき」
何事もなかったような、飄々とした顔と声で自分を見上げるアランにそう呟くと、メレイは苛立ちと悔しさを入り混ぜたような表情を浮かべた。そんな彼女の表情にアランは苦笑いを浮かべて、真っ直ぐな視線からゆっくりと目を逸らした。
「あんたのお父さんが、ルゥイさんがいなくなってから。あんたがどんな仕打ちを受けてきたかわかってる? 魔法使だってだけで村に閉じ込められてきたのよ! 確かにあんたの魔力は不完全だけど。ちゃんと学校に行って勉強したら、今頃はすごい魔法使になってたかもしれないんだよ。なんであんたが……全部背負って村の犠牲にならなきゃいけないの!」
ものすごい剣幕で怒鳴り散らすメレイにますます困ったように笑いながら、アランは自分と同じように横たわる真っ白な墓石に視線を移した。
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