060「心、複雑化」





「お前も何だか大人しくなったよな、スクアーロ。

まっ、俺も人のことは言えないけど、三十路にもなりゃ刺も抜け落ちるってもんかな?」


「…てめえはちっとも大人しくなってねえじゃねえかぁ。」


「ん?そーか?」



幹部の部屋のある更に上の7階。

そこへ跳ね馬の野郎を案内している時のことだった。


こいつは相変わらず口を閉じねえし、何が嬉しいんだか笑ってるしで。

これで何度目のため息をついたか分からない。



「なあ、スクアーロ。」


「ああ?」



呆れやら疲れやらを感じつつもきちんと返事や反応をするあたり、こいつの言うとおり、俺も随分丸くなったのかもしれない。



「俺さ、珠紀のことが好きなんだ。」


「ぶっ!

げっほ、ごほっ!
っ…はあ!?いきなり何を言い出すんだてめえはぁ!!」


「あ、わりい。驚かせちまったか。

いや、さっきの話、あるだろ?」



突拍子もねえことを言いやがって。
だからコイツは苦手なんだ。


と、まあ、さっきの話というと、あれか。



「付き合ってただの、何だのっていうやつかぁ。」


「ああ。

実際な、俺振られてんだよ。
そりゃあもう、とっくの昔に。」



んなこったろうとは思ってたぜぇ。

…まあ、若干焦ったのは、誤魔化しようもねえが。


跳ね馬はさらに続ける。



「でもな、こんなこと、自分で言うことじゃないんだけど、あの頃はあいつも、俺を好きでいてくれてた。」


「…おお。」


「だから俺は、真剣に付き合ってくれって、思い切って言ったんだ。

でも…答えはノーだった。

相思相愛なのに何でかって、答えはすっげーシンプルだったよ。」



正直ここまでの話では、「ざまあみろ」としか思えない。

俺も心が狭くなったもんだ。


しかし、ここからは俺も、自分の耳を疑った。




「あいつ、“大事な人とは付き合わない”って言ったんだ。」




跳ね馬の口から出た、とんでもない言葉。

なんとなく、想像がついた。




「……それは、もしかしてあの日が関係してんのかぁ。」



「ああ。

しかも、泣きながらだぜ?
俺もさすがに焦ったよ。


だからなんとか、不安とか悲しさとか、そういうのを取り払ってやりたくってさ。

遊びに連れて行ってやったりとか、抱きしめるくらいの、俺に出来ることは色々してみた。


でも、無理だったよ。

枷が取り払われるどころか、珠紀の奴、今度は俺に嫌われようとしてきたよ。」




それで、現在に至るってわけかぁ。

なるほど、それなら珠紀の態度が異様に冷たかったのも納得がいく。


しかし、妙だ。


なぜ今になって、このタイミングで、こいつは俺にそんな話をしてきたのか。


学生時代から、相談なんてする間柄でも何でもなかったっていうのに。

今の話が相談かと言われれば、そうでもない気もするが。



なんて考えていると、場所はもう7階。


跳ね馬の野郎は「おお、ここか」なんて言って、さっきの話なんて無かったかのように笑っている。

鍵を開けてやると、「わざわざありがとな」なんて言っている。


やっぱりこいつの考えていることは分からない。


鍵を手渡すと、大荷物を片手に部屋に入っていく。

しばらくこいつの顔は見たくねえもんだ。


さて、俺も部屋に戻るか。

扉に背を向けたとき、跳ね馬が俺の名前を呼ぶ。


仕方なしに振り返ると、そこには先ほどとは比べ物にならないほどの満面の笑み。




「頑張れよ。」




そう言って、奴は扉を閉じた。



「………。」



っていうことは、なんだぁ?

あいつは、わかった上でこの話をしてきていたってわけか。


ちっ、伊達にマフィアのボスはやってねえってことかぁ。


奴なりの親切心なのか、なんなのか。


貴重な話を聞けたから良しとするが…

何より、あいつに全部バレているうえ、励まされたってあたりが気に食わねえ。



というか珠紀は、今はあいつのことはどう思っているのだろう。


冷たくしているのは名残か?

それとも、未だに忘れられないからなのか。

…いや、それはねえかぁ。
まあ、確証はないが。



「…クソッ。」



不完全燃焼のまま、俺は跳ね馬の部屋の前をあとにした。








――――――――――









「…どう?落ち着いた?」


「うん…
ごめん、マーモン。」



少し温くなったミロをすすり、「ごめん」と謝る珠紀。


確かに、半ば自爆だったからね。

でも、こればかりは珠紀が悪いわけじゃない。


悪いのはあの跳ね馬ディーノだ。

全部知っているくせに、あの好奇心旺盛な幹部達の前で、わざわざ誤解を生むようなことを口走ったりしたんだから。


まあ、言及したあいつらもあいつらなんだけど。

いくら何も知らないからといって、大体のことを知っている僕からしたら、あれは拷問にしか見えなかったね。



「いいよ。

それより、あいつ…跳ね馬がなんで今ここに来たのかって話だよ。」



そう、今回最大の問題点はこれだ。


3年前、僕が珠紀と最後にあった時の時点では、もう奴からの求愛(?)は無くなったという話だった。


それなのに、今になってこうだ。

一体何を考えているんだ?
跳ね馬は。



あいつと珠紀が喋っているのを初めて見たのは代理戦争があった時。


あの時点でも、雲雀兄妹…とくに妹珠紀に対しては、よくしているのが伺えた。

そう、あの時はまだ、珠紀も奴に笑顔を向けていた。


それからだった。
珠紀が高校を卒業した年のことだ。


沢田綱吉も正式に10代目に就任し、生誕祭が行われた。

珠紀も、そのパーティには兄の雲雀恭弥についてきて参加していた。
まあ、満天もいたしね。



その時だ。
暇を持て余した珠紀と意気投合して話していた。

それで僕はふと、なぜそんなに暗い顔をしているのか、と訊ねたんだ。


その時、あの日のことも、跳ね馬のことも、聞くことになった。


今思えば、あの時が一番、珠紀にとってキツイ時期だったんじゃないかと思う。




「うん、そうなんだよ…

このまま離れてくれたら、キツイ態度を取らなくても良かったのに…」


「…………。」




そう言って目を伏せる。


そりゃあ、珠紀だって好きでこんなふうに、跳ね馬に冷たく当たっているわけじゃない。



言えば、奴は当時の珠紀にとっての恩人なのだから。

いつか「光のようだった」とも言っていた。

だけど、珠紀は奴と一緒にいることを選べなかった。


失うことを、恐れていたから。



悲しみを癒したのは紛れもなく、あの跳ね馬だ。

でも、あいつには、不安を取り除くことまでは出来なかった。


ただそれだけの話。




「…ねえ、珠紀。」


「ん?」


「今は、あいつ…跳ね馬については、どう思ってる?」


「…感謝してるよ。

でも、好きってわけではないかな。
あ、いや、勿論家族みたいな意味では、大好きだけどね。

でも…だからこそ…」




いいよ、言わなくてもいい。

君がこの先何て言うかなんて、僕は知ってるから。


『わたしを好きでいるがゆえに、消えるなんて絶対にダメだから。』


君はいつも、こう言っていた。




「…ごめん、ケーキもらう。」


「うん、食べな。

僕こそ変なこと聞いてごめんね。」




また涙が浮かんできたのを見られたくないのか、そう言ってやっとフォークを取る。

泣いたっていいのにね。


珠紀と食べようと思って買ったガトーショコラも、今ではなんだか余計に苦い。



「…とりあえず、ディーノが話してくるまでは、黙っててみるね。

もしかしたら、何か本当に用があってきたのかもしれないし。」


「うん、わかったよ。
くれぐれも、無理はしないように。」


「わかってる。

マーモン、なんかにぃよりお兄ちゃんみたい。
ちっちゃいけどね。」


「ム、最後のは余計だよ。」



冗談を言って笑う珠紀。

うん、やっぱりこっちのほうが君らしい。


また一つケーキを口に運んで、僕もぎこちなく笑い返した。




「ありがとね。」


「……いいから、早く食べちゃいなよ。」


「はーい。」


「………。」




やっぱり、笑うのは苦手だ。






―――――
あの日、あの日って言ってると、なんか生理みたいで嫌です。


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