059「困った天然」
人は誰しも、消したい過去があるものだ。
消したい過去というか、忘れたい過去というか、ニュアンスは人それぞれで異なるが。
それは勿論、この雲雀珠紀にもあるわけで。
その過去または思い出が発掘され、他人に知られると恥ずかしい。
当時の自分しね!
とか平気で思える。
当時の自分がしんだら今の自分がいなくなるとか、そういう現実的な話は抜きに。
「珠紀〜」
「……何しにきたの?」
「何言ってんだ。
珠紀と結婚しに来たんだぜ?」
お前が何言ってんだ。
その言葉を胸にしまって、わたしは代わりにため息を吐いた。
この無駄にへばりついてくる金髪の男の名は、ディーノ。
キャバッローネファミリーのボスをしている。
まあ、立場的には偉い人だ。
「相変わらずそっけねーな。
ヴァリアーでは楽しくやってるて聞いたから、今ならイケルと思ってきたのに。」
「あなたが来て楽しくなくなった。」
「ははっ、冗談言うのも変わらねーな。」
耳鼻科行け、楽観野郎。
にっこにこと屈託のない笑顔を向ける目の前の32歳に、一種の呆れを覚える。
そうだ。
そろそろお気づきかと思うが、この男こそが、わたしの『忘れたい過去』。
わたしの様子の変化に気が付いたのか、ルッスが心配そうに見てくる。
ごめんねルッス。
別にあなたは悪くないんだよ。
そして痺れを切らしたベルが口を開いた。
「なあ跳ね馬、お前、珠紀とどーいう関係なわけ?
結婚とかふざけてんのかよ。」
確かに、さっきからこいつの発言は意味のわからないものが多い。
若干イラついてベルがそう言うが、天然ボケのこいつにはそのドスは効かない。
ディーノは変わらず笑顔で答える。
「え?
あぁ、そうだな…
まあ一言で言うと、元彼だ。」
「…は?」
予想しない答えに、間の抜けた声を出すベル。
スクアーロさんがコーヒーを吹いた。
どんだけびっくりしたんだ。
「ちょっ、勝手言うな馬鹿!
ベル違う、違うから。
元彼でもなんでもないよ、こいつは。」
「何言ってんだ珠紀?
セックスもデートもして、あれは付き合ってなかったのか?」
「え、珠紀ちゃん…彼氏は今までいなかったって言ってなかったかしら…」
もう喋らないで欲しい(切実に)。
フランはディーノを睨んでるし、ベルはこっちガン見だし、スクアーロさんは固まるし。
ルッスなんて言及する気満々だし!!
マーモンは大体の事情を知ってるから、無関心そうにレモネードをすすっているけど。
ちょ、レヴィとボス早く来てくれ…
あんたらが来なきゃこの話、一時中断されないよ…
あ、やっぱレヴィはいらね。
そんなことを考えていると、わたしの考えを読んだかのようなタイミングで、応接間のドアが開く。
「くっちゃべってんじゃねえ、ドカス共。」
「おおザンザス、邪魔してるぜ。」
あんなに態度の悪いボスをも恐れず、にこにこしながら軽く挨拶。
こいつ淵メガネかけたらチャラ男芸人できんじゃねーかな。
ボスも気にせずどっかり椅子に座って、「用はなんだ」と一言。
客人をまるで客とも思わない態度。
これが我らがボスXANXUS様だ。
しかし気にしないのはお互い様。
ディーノはディーノで普通に「遊びにきた」なんて言ってのけるし。
ボスは「何泊だ」なんて普通に返すし!!
なんなのこの人たち。
ふざけてんの?
「そうか、わかった。
俺の新婚生活を邪魔しなければ文句は言わねえ。
おいカスザメ、VIP用の部屋を用意するようメイド達に言っておけ。」
「……………。」
スクアーロさんは依然固まったまま。
「ドカスが。聞こえてねえのか。」
もう中身が飲み干されて空になったグラスが、スクアーロさんの頭にヒットする。
相変わらず痛そうだ。
「い゛っ!!
あ?な、なんだぁ。」
「VIPの部屋を用意しろと言ったんだ、カスが。
じゃあ俺は戻る。
きちんとやっておけよ。」
「お、おう…」
そう言って、ボスは応接間を出て行った。
その間およそ3分。
カップラーメンでも作っていたのだろうか。
いや、満天に会いに行ったな、たぶん。
最近またラブラブなんだよ、あの人たち。
ディーノがボスの出て行ったのを確認すると、またへばりつきが開始する。
もう勘弁してください。
そして悪びれもせず、「よろしくな!」と言って笑う。
こいつの嫌なところは、何をするにも悪気のないところだ。
こっちが嫌でもなんでも、なんかやりづらい。
「う゛おぉい跳ね馬ぁ。
どうにも不服だが、てめえを今から部屋に案内する。
とりあえずその荷物を置いて来い。」
「ああ、わかってる。
ありがとうなスクアーロ、わざわざ。」
「……。」
おお、困ってる困ってる。
同級生だって言ってたし、たぶん、昔から結構ディーノの対応には困っていたんじゃないだろうか。
ちなみに十年くらい前、ロマーリオさんにアルバムを見せてもらったことがある。
中には二人が映った写真もあった。
スクアーロさんは髪が短かったし、ディーノも頼りなさそうだったのを覚えている。
部屋を出て行くスクアーロさんとディーノ。
一瞬静かになり、すぐに視線がわたしに集中する。
…まあ、あいつがいなくなったし、話しやすいか。
「で、珠紀。
さっきのどういうことだよ?元彼?」
「あーーー…うん。
わたしは付き合ってたつもりはないっていうか、にぃも許さなかったんだけどね。」
これは事実だ。
なんかにぃを可愛がるあまり、矛先がわたしに向いてきた日のことも覚えている。
異様に気に入られてね。
奴は当時から「嫁に来いよ」と頻繁に口にしていた。
その度にわたしは断った。
「しにたいの?」と。
まあ、にぃより強かったから、しぬことなんてあるわけ無いんだけど。
ベルは続けて喋る。
「じゃあデートとか、ヤッたっていうのは?
あいつの妄想なわけ?」
妄想って…
ディーノのイメージ悪すぎだろ。
確かにふわふわしてるけども。
ルッスーリアも待ってましたとでも言うように、身を乗り出して「そうよ、一番大事なところよ!」なんて言っている。
ベルに加勢したようだ。
フランは黙って話を聞いている。
出来ればしゃべるのは一人にして、このように黙って聞き役に回って欲しいものだ。
「まあ……」
「なんだよ、随分焦らすなあ。」
「まあ、うん。
したには、したけど……」
「…けど?」
うわあ、ベルの尋問怖いよ。
なんかヤ○マンとか誤解されそうで尚更怖い。
「…未来から帰ってきてから、色々あった時期でさ。
ディーノにはその頃、随分良くしてもらってたんだ。
色々気にかけてくれて、気晴らしにって遊びに連れてってくれたりして。」
そう言うと、察したようにベルが口を閉じた。
やべ、ちょっと空気重くしちゃったかな…悪いことした。
するとマーモンがため息を吐いて、「そういうことなんだ。人には触れられたくないところもあるんだよ。」と言った。
納得はいっていないようだったが、なんとか尋問は終えてくれるようだ。
「…じゃあさ、最後にちょっとだけ聞いてもい?」
「………。
いいよ。」
「…お前はその時、あいつのことが好きだったのか?」
これは黙りたくなる、鋭い質問だ。
マーモンは「答えなくえなくてもいいのに」なんて言って、またレモネードをすする。
「そうだね。
好きだったよ。昔は。」
ああ、そうだ。
ベルの言っていることは正しい。
あれだけ落ち込んで、涙も枯れるくらいに泣いて、死にたいくらいに悲しんでいる。
そんな時、優しく気にかけてくれたのだ。
まるで光のように。
そりゃ、好きにもなる。
「じゃあ付き合ってたってのは、マジ?」
「それは違うね。」
「…どういうことだよ。
相思相愛だったんじゃねーの?」
そうだ。
相思相愛だった。
お互い何も言わずとも、それは感じ取っていた。
だからこそ。
だからこそ、付き合うだなんてこと、しなかった。
出来なかった。
「大事な人とは付き合わないって、決めてるから。」
だって、もうあんなに悲しい思いをしたくないから。
「…そうか。わり。
しつこかったな。」
わたしがそう言うと、ベルはそう呟いた。
フランは終始黙ったまま。
ルッスは、バツが悪そうに視線を下にやていた。
ああ、もう。
これだから、暗殺者はかんが鋭くっていけないよ。
あー、なんか泣きてーな。
すると、マーモンがレモネードの最後の一滴を喉に落とし、立ち上がる。
そしてこう言った。
「珠紀、一旦、僕の部屋にでも行こうか。
ケーキがあるからさ。」
彼の優しさには、いつも励まされている。
涙が出そうなのを堪えて、ベルとルッスに「じゃあ」と一言告げる。
そしてマーモンの後に続いて、わたしは応接間をあとにした。
―――――
過去がちょっと漏洩。
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