054「クソオヤジ」
珠紀を先に行かせてから、だいぶ時間も経った頃。
腕時計を確認したら、15分程が経っていた。
「まだ見つけられないんですかー、あいつは。」
大きなため息をついて、半殺し状態の敵さんたちを跨ぎつつ一階の奥へ進む。
どうやら、これで本当に最後の敵さんだったらしい。
どこもかしこもシンとして、何も聞こえてくる気配がない。
二階は珠紀さんが調べてるし、念のため一階も調べないとなー。
面倒だけど、仕事だし。
そんな折り。
遠くから、何か響いているのが聞こえる。
結構大きな音だ。
地響きにも似たこれは、なんだろう。
もともとシンとしているから、耳をすませばよく聞こえる。
歩みを止めて、耳に神経を集中させる。
――ドドド……
「!
水の、音…?」
これは、間違いない。
大量の水が、一気に流されている音だ。
自然育ちのミーには分かります。
よく洞窟探しをしては、途中中で水責めになって死にかけていましたからー。
まあ、幻術を使えるようになってからは、回避も防御も出来ましたが。
で。
今このタイミングで、水の音ということは、つまりどういうことだ?
単純に考えて。
結び付けられるのは、罠。
珠紀さんが、嵌められた可能性が高い。
ち。
ここのオヤジは、とことん無駄遣いが好きみたいですねー。
さすがに珠紀に死なれたら、ミーも悲しいですから。
そもそも任務も成功しないし。
珠紀さんが行ったのは二階ということは、そこから水が流されてるのか?
音の方角的には、おそらく北東。
玄関から見て、屋敷の最奥。
二階の奥には…そうだ、執務室。
あとを引き返して、ミーは階段を上った。
――――――――――
「や、ばっ…!」
泳ぐのが苦手なわけじゃあない。
むしろ得意で、わたしは潜るのだって得意だ。
だけど、それはあくまで海やプールでの話。
悲しいかな、ここは地下空間。
細い入口から流れ込んでくる水の水圧に勝てる人間など、いるはずもない。
どんどん押されて、部屋に溜まった水はとっくにわたしの身長を越えた。
もう高さの余裕は半分も無い。
入口も金属扉も、とっくに水に埋まった。
やばい。
入口にいこうにも、水が流れてきている以上は無理だ。
奥に流されてしまう。
だからと言って、金属扉は…
くっそー、だから早く匣平気ほしいって言ったんだよ、ボスのやろー。
いや、匣兵器あってもわたしの属性は雲だから、なんとか出来るかってばそうでもないけどさあ。
(ロールみたいに増えてくれりゃ、この空間も壊せたかもしれない。)
石造りの壁を壊すくらいならまだしも、その先の土をも掘り進める時間も労力も、残念ながら持ち合わせていない。
地下っていうのが悪かった。
「がぼっ…がはっ、はぁっ…」
やばい、気を抜いたら沈む。
服もスーツだから濡れて重いし、やばい。
とりあえず今できることは、脱いで動きやすくするくらいか…
部屋の四分の三が水に埋まった頃、わたしはスーツの上着とシャツを脱ぎ水に放った。
ツールはズボンに入ってるし、武器もベルトに引っ掛けてる。
上の服は邪魔だ。
幾分か動きやすくなった。
全部の水が出きってくれたら、潜って脱出できるかもしれない。
…とは言っても、あの長さの階段分を水圧に耐えながら泳いでいくのか。
想像しただけでも辛い。
けど、そうするしか助かる方法はない。
もう水面には頭も出せない。
よし。
そろそろ水も満タンになるだろう。
息も、3分くらいならなんとかなる。
出来るだけ早く、上を目指そう。
そう決心し、水へ潜った。
そしてもときた階段の出口へ向かって泳ぐ。
「っ!」
しかし、絶望はここでもわたしを襲った。
「(水が…止まってない!)」
強いとは言えないが、たしかな圧と水流を感じた。
じゃあ、どこかに水の出る場所があるのか…?
でも、そんなもの見当たらなかった。
「(どうしよう…!)」
前には進めない。
上に行っても全て水。
ああ、これは無理ゲーというやつか。
恋愛もなにもしないまま、わたしは死ぬんだ…
せめて、死ぬ前に好きな人くらい欲しかったな。
そう、後悔の念ばかりが押し寄せる中で、遠のいていくわたしの意識。
記憶の最後。
視界の端に、人影が映ったような気がした……
――――――――――
――ドドドドドドド……
「っここに…」
目の前には、やけに不自然な位置に置かれた机と、そのすぐ側にある下へ伸びる階段。
暗くて中は分からないが、音の通り、この中には水が流されているのだろう。
ミーは、迷うことなくその中に駆け込んだ。
恐らく一階と思われるあたり。
かべから流れ込む大量の水は、さらに階下へ向かって落ちて行っている。
水がぶつかる音が近いことから察するに、きっと、水はかなり溜まっているはずだ。
「珠紀っ…!」
もしかしたら、もう遅いかもしれない。
でも、ミーの気持ちに迷いはありませんでした。
上着を脱ぎ捨てて、そのまま、水の勢いに任せて水へ飛び込む。
あまりの水圧に、少し胸が苦しくなる。
けど、強い水流のおかげか、スムーズに潜ることができる。
階段にぶつからないよう、慎重に、素早く。
珠紀の危機を確かに察知していたミーは、助けたい、その一心で動いた。
もし出られなくなったって、その時考えればいい。
いざとなれば幻術もある。
今は、珠紀を探さないと。
30秒もすれば、階段の出口が見えてくる。
結構な距離を潜ったと思う。
流石に少し息が苦しい。
少し深く潜り慎重に出口から出ると、随分と広い空間が広がっていた。
そして空間の中央辺りには、
「(珠紀…!)」
目を閉じて、力なく水中を浮遊した、珠紀の姿が。
上の服を着ていないのは、少しでも動きやすいようにと、苦肉の策だったのだろう。
急いで珠紀を抱え、出口のようなものはないかと探すも、撃沈。
金属扉があるが、あれは開かないだろう。
水圧がかかって、何百キロという重さになっているはずだ。
と、ここで一つのことに気が付いた。
「(! 水流…?)」
そう。
階段の出口から、空間の角に向かって、斜めに水流が生じている。
よくよく目をこらすと、部屋の角には、何やら1M×1M程度の四角い穴が空いていた。
と、いうことは。
そこから外につながっているのか。
もしくは、どこかしらの空間につながっているか…
どちらにせよ、チャンスであることには違いない。
このままでいても、珠紀の意識がやばい。
とにかくその穴にかけて、行ってみるしかない。
意識のない人間一人を抱えて泳ぐのは、予想以上にキツイ。
なんとかギリギリのところで、穴の中に侵入成功。
中も入口と同程度の床面積で、そこは縦に長い空間になっていた。
上からは光が差しているので、わりかし明るい。
と、いうことは…
ここは、外に通じているのか。
一心不乱に上へ、上へと泳ぐ。
すると、なんともあっさり水面に顔を出すことが出来た。
「っげほ…はぁっ、…」
すぐに芝の上に出ると、なんと、そこは庭だった。
地上から流された水が地下を通して出てきて、庭の池や噴水に流れ込むというシステムらしい。
ということは、なんだ。
ここの庭には、下手をすれば死人が浸かった水が常時流れているというのか。
なんて悪趣味な庭なんだろう。
「げっ、ほ…」
珠紀も無事に水を吐き、とりあえずは一段落。
ミーの着ていたワイシャツを羽織らせると、荒れた呼吸のまま「ありがと…」と力なく呟く珠紀。
濡れていて申し訳ないところですけど、下着よりはマシでしょう。
それにしても、散々な目にあいました。
「フラン…ごめん。」
「いいえー。
ミーが一人で行かせたことが不注意だったんです。
金のかかった屋敷ですから、罠なんて腐る程ありますしー。
気にしないでください。
それより、あのクソオヤジをどうするか、ですよー。」
申し訳なさそうに謝ってきますけど、実際あのオヤジのせいですからねー。
確かに、正体もわからないのに階段を降りた珠紀も珠紀ですけどー…
誰が地下で水責めに合うなんて予想できますか。
あんな大掛かりかつ見えっ張りな罠、初めて遭遇しましたよ。
だからとは言いませんが、珠紀に全責任があるわけじゃないですよね。
事実、ミーも全て珠紀に任せて楽な雑魚倒しを選んだわけですしー。
「うん…
唯一のスーツも無くなったし、ボコにしていいかな。」
「印を押させてからなら、良いと思いまーす。
ミーもちょうど、そう思ってましたし。
じゃあ、」
超絶クソオヤジものこのこやってきてくれた訳だし。
是が非でも、印を押してもらうとしますかー。
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