005「朝」
―ヴァリアー入隊2日目―
ジリリリリリリっ
10月のなんとも言えない肌寒さに耐えつつ、布団から手を伸ばして、サイドテーブルの上で鳴き喚いている目覚まし時計を叩く。
暫くばかりそのままの形で固まり、眠気に打ち勝ちもぞもぞと布団から這い出でて、布団…ベッドの淵に座って目を覚ます。
朝は雀の鳴く声で目が覚めるのが、私の今までの日常だった。
けれど、そんな日常を味わう事はもう出来ない。
なんてったって、私が今いる場所は、今までの日常からは程遠いところ。
暗殺部隊のアジトである馬鹿でかい城の一室なんだから。
床は畳でなく冷たいタイル張りで、
窓枠は木製でなくステンレス製で、
当然内窓に障子なんて貼ってないし、
扉の上には欄間も付いていないし、
そもそも扉は襖ではなく洋風な重たいドア。
「…にぃ、元気かなあ」
並盛町で生まれ育ち、26年間過ごしたあの家を思い出したら、なんだか余計なことまで思い出してしまった。
起きて早々、涙が出てきた。
いけないいけない。
漁船で孤独に過ごした3日間のこともあるけれど、なんだろう。
あのときはホームシックになんてならなかったのにな。
(多分、壮絶な船旅で生き残るのに必死だったからだと思われる。)
なにはともあれ、このままではいられない。
目の淵にうっすらと溜まった涙をシャツの端でぬぐって、顔を洗うべく立ち上がった。
――――――――――
「おはようございます」
「…!
あら、おはよう珠紀ちゃん!
朝ごはんは食べる?」
「あ、はい。お願いします」
スクアーロさんには、「朝起きたら広間に行け」と言われていた。
顔を洗ってから言われたとおり広間に行くと、確か、幹部で…晴の属性を持った、ルッスーリアさんがいた。
オカマっぽい人。
スクアーロさんに幹部のみなさんの説明は受けていたから、なんとか覚えてる。
上司の顔くらいは覚えていなきゃ失礼だと思ったからだ。
昔アルバイトしていたときは全然覚えられなかったので、反省を生かして頑張った。
昨日は紹介の席ですごく驚かれたから、なんか…
パワハラとかあるのかと思ったんだけど。うん。
職場いじめとか。
なんだか気楽な感じで接してくれたので、意外な感じだ。
「トーストでいいかしら?
ゴハンのほうが好き?」
「いいえ、雑食なのでなんでも好きです!ありがとうございます。
おいしそうです。」
部屋の隅に小さく備え付けられているキッチンで、ルッスーリアさんはトーストと、スクランブルエッグにサラダと、スープを作ってくれた。
すごくおいしそう。
料理ができる男の人が好きな私は、思わずときめいた。
やだ…目の前にいるのは料理ができるマッチョのオカマなのに。
というのは冗談で。
「あらよかった♪
じゃあいただきましょうか」
とりあえず、晩ご飯もろくに食べられていなかったので、ありがたく朝ごはんをいただくことにした。
手をあわせて。
すべての食材に感謝の気持ちを込めて…いただきます。
どこぞの美食家でしょうね。
口にスープを含む。
あったかい。
コーンスープは大好きだ。
とくに好きなのはミネストローネだけれど。
予想していたとおり美味しくて、「美味しいです」というと、サングラスの上からでもにこにこと笑っているのが分かった。
あのメンツにご飯を作っても、おいしいなんて言ってもらえないだろうから、嬉しいのかな。
多分だけど。
ぱくぱくと口に運んでいると、ルッスーリアさんはなんだか気まずそうにして、話しかけてきた。
「…ねえ、珠紀ちゃん」
「ふぁい?」
「ああ、良いわよ、食べながら聞いてちょうだい。
あの…昨日の、雲雀恭弥の妹っていうのは、本当なの?」
またこの話か。
昨日のスクアーロさんといい、なんでみんなそんなに気にしているんだろう。
「そうですけど、ルッスーリアさん。それって、そんなに大事なことじゃないですよ。
スクアーロさんもルッスーリアさんも、あの場でそれを聞いた幹部のみなさんも、なんでそれを気にしてるんですか?
もしかして、にぃ…
恭弥は、ヴァリアーの皆さんに嫌われてる存在なんですか?」
「!
そんなことはないわ!
好戦的で、強者ばかりが集まっているヴァリアーだもの。
むしろ、十代目守護者最強の名で通っている雲雀恭弥には、みんな興味深々よ!」
「じゃあ、どうして幹部のみんなは、私がにぃの妹だって聞いたとき、あんなに血相変えて驚いたんですか?」
「そ、それは…」
なんだか答えかねるように、困っているルッスーリアさん。
スクアーロさんに聞いても答えは出なかったこの質問。
私は今日からここで働くのだ。
それくらい、知る権利はあると思う。
強くルッスーリアさんに目を合わせていると、ルッスーリアさんは、はあ、と軽くため息をついた。
「あなたも頑固ね…
いいわ。今までヴァリアーであったことを教えてあげるわ。
あなたのお兄さんのブラックヒストリーをね…」
ブラックヒストリー…
黒歴史?
この一言から、にぃ…恭弥がなにかをやらかしたんだという事がうかがえる。
私の知らない事実を知れる。
そう思うと、なんだか、いい歳をして、私はわくわくした。
「途中で耳を塞ぎたくなるかもしれないわよ。」
念をおして言って来るルッスーリアさんに、私は笑顔で一言、言った。
「私、秘密って嫌いなんです。」
ルッスーリアさんは今日一番の苦笑いをした。
、
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