053「a trap」
結局コーティングは1分程続いた。
1分もあれば流石に、敵のいないところに出られた。
所々にカメラはあるみたいだけど。
フランの想像力と体力にあっぱれ。
(多分今頃、わたしに遠慮する必要がないから、思う存分幻覚作り出してるんだろう。)
それにしても、文字通り馬鹿でかい屋敷だ。
金は無いくせに、こんなところばっかり見栄を張りやがって。
まあ、言うだけあって所詮は虚構の城。
警備は手薄。
カメラも少数。
突破は簡単に出来そうだ。
なんだか悪いことをしている気分だ。
まるで怪盗。
折りたたみのグライダーとか背負ってくればよかったかなあ…
トランプ銃とか作って。
それにモノクルと、スーツも白にして。
ハットがあったら完璧だよ、もう。
…言っておくが珠紀ちゃんはキッド派じゃなくて白馬様派だから。
なにあのイケメン。
なんて馬鹿な事を考えているうちにも、最後の目的地に着いた。
虱潰しに探していても、始めの頃経験した散弾銃乱射なんてことにもなりかねないからね。
ある程度の目星をつけてから探す作戦にしたのだ。
そして、ここが最後。
「貴様どこから入tぎゃっ!?」
「おい、どうしtうぐっ!」
「おい!しっかりsぐあっ!!」
「……ごめんなさーい。
南無阿弥陀仏。」
ちなみに時々出てくる敵さんは、こんな感じで葬った。
(死んでない。)
騒がれるのは迷惑だから、出来るだけ早く気絶させるように頑張った。
…実際ね、玉錘で殺さないように気絶させるのって、なかなか大変なんだよ。
しかも自分の命も関わってくる状況なら、なおさら。
どうしても必要以上に力んじゃうし。
今までもそうしてきたんだけどさ…
昔よりもわたしは弱くなっている訳だから、多少加減の具合も下手になっているんだよ。
昔荒れてた時期はボッコボッコ殴ってたけど、あれは悪い事したなあ…
被害者にも、にぃにも。
相手が不良とは言え、さすがに酷いことをしたと、後々反省した。
わたしのやった酷い事例が、何度かにぃの仕業って事になってて笑った記憶がある。
どんだけ妹のがイメージ良かったんだろう。
「…ここか。」
下っ端ABCもいたから、中々黒っぽいんだけど、どうだろう。
ちなみに、ここは二階の最奥であるボスの執務室だ。
ドアは開けたまま、部屋に侵入する。
開けたドアの裏に気配がないことを確認し、一歩踏み出す。
薄暗い室内は、中々に怖い。
なんて言うかホラーゲームっぽい。
部屋に入っても、依然人の気配がない。
なんだ、てっきり警備の厳重なここに逃げ込んでいると思ったけど…
ハズレか?
絵画をずらしてみたり、壁を押してみたり。
色々してはみたが、隠し扉は無いようだ。
「うーん…困った。」
フランのことだ。
下っ端に手こずることは無いだろうから、そっちの心配はしていないけど。
置いてきた手前ただでは戻れないし。
もしかして、行ってない部屋にいるのか?
二階に登ったのは間違いないから、それは確実なんだけど…
往生していると部屋に4、5人下っ端がやってきたので、それらをボコにして机に腰掛ける。
うーむ。
こういう時は隠し扉があるか、秘密の扉から天井裏の秘密部屋に逃げたっていうパターンなんだけどなあ…
ゲームとか映画でも見たことあるし。
「別の部屋、もっかい見てくるか。」
半ば諦めかけて、わたしは机を飛び降りた。
その時だった。
――がたっ
「へ?」
何かが動く音。
どうやら、方向的にはわたしの後ろになるので、正体はこの机らしい。
…もしかして、こいつか?
初代鬼○者のあの、左馬介が気絶したあとスチラードと戦う地下空間みたいな。
そんな方式の、下に降りる隠し階段的なものがあるっていうのか?
試しに机を押して見ると、若干動いた。
どうやら、それで間違いは無いらしかった。
反対側の着席する方へ周り、わたしはゆっくり机を前へ押した。
それに合わせて、ゆっくりと階段が覗く。
ちなみに灯りは無い。
「うわぁ……」
正直、入りたくねえ。
この暗さと冷えた空気からして、降りても到達点は一階どころじゃ済まなそうだし…
こん中にいっぱい銃持ってる奴いたら、いくらなんでも生きて帰って来れる自信無いんだけど。
どうしよう。
ここは一旦、フランに加勢してここに戻るか?
いや、でもわたしがいるとフランは思うように幻術を使えないだろうし、単独の方がやり易いだろう。
じゃあ、どうする?
行くしかない?
まあ…うん。
二人一緒に逝っちゃうよりかは、一人が下見に行って、二人目がきちんと締めたほうが良いよな。
「…仕方ない、のか。」
おそらくこの中にいるであろうオジサンにも聞こえるくらい、大きくため息をつく。
これが今わたしに出来る、最大のイヤミだ。
そしてピッキング用に携帯していたペンライトを二本照らして左手に持ち、わたしは階段を降りた。
―――――――――
あれから、どれくらい下へ降りたかは分からない。
時間にすれば数分程度なのだろうが、あいにくわたしは今日時計を持ってくるのは忘れた。
こんなことなら、はじめから段数を数えていればよかった。
ますます冷えを増した空気に、手足の冷えを感じる。
はじめは木の階段だったが、今や階段もこの空間を作り出している壁も石造りに変わっている。
それに、どこかカビ臭く、ほんのりと土のニオイがする。
結構な地下に入り込んだのだろう。
今のところ死体や敵は出てきていないが、この先何があるかわからない。
なおさら用心してかかる必要がある。
「…つーか、この先にいなかったらどうしよ。」
わたしは行方知れずとして見捨てられるんだろうか。
あいつ(フラン)ならやるかもしれない。
ていうか虚しすぎる。
ここまで来てなんの収穫も無いとか。
是が非でも印を押させなければ帰れないのだから、本気出して頑張らなければ。
任務の成功率がヴァリアーの取り柄なのだから。
もうね、失敗したら晩ご飯抜きどころの話じゃないからね。
相手に負けたら死ぬしね。
ボスってば厳しすぎ死ねるよ。
と、そんなこんなでここが最終点か?
普通の床らしきところが見えたので、とりあえず階段はこれで終了なのだろう。
ここも変わらず石壁で、灯りの一つも無い。
階段との差は段があるか無いかだけのような空間。
正直、何をする部屋なのか見当もつかない。
拷問部屋にしては何も見当たらないし、地下牢にしては入口がおかしい。
広さは、大体畳20枚分くらいは余裕であると思われる。
無駄に広い。
天井の高さは多分、4メートルくらいだろう。
とりあえず変わった点があるとすれば、一つだけ。
階段の終わりと向かい合うようにして、金属製と思われる扉があるくらい。
「…その中にいるのかい?
オジサン。」
もちろん返事は無い。
返ってきたらむしろ驚きだ。
まあ、人の気配こそするのだが。
地上同様に壁・床の隠し扉などが無いことを確認し、いよいよ金属扉に近づく。
あと3メートル。
それくらいの距離になったあたりで、扉が音を立てて開く。
扉の向こうは真っ暗で、何があるかはわからない。
出てきたのは、案の定オジサン。
例の笑顔を崩さないまま。
「やあ、よく来たね。
女性はこんな陰気臭いところ、来ないものだと思っていたよ。」
冒険心が盛んなのかな?
なんて笑っていうが、わたしにとっちゃこんなの冗談じゃない。
誰が好き好んでこんな所に来るか。
任務でもなけりゃ、来るわけもない。
確かに好奇心こそ旺盛な方だとは思うが、何を隠そうこの雲雀珠紀、ホラーの類は苦手なのだ。
映画は見れてもお化け屋敷はダメ、みたいな。
わざわざ会いたくないし。
物心ついてから始めて本物をはっきり見た時。
思えばあの時から、まっ暗い空間が苦手になった。
なんで霊ってあんな白いの?
なんであんな不審な動きすんの?
なんでアップで見てくんの?
いやほんと、幻術くらい意味わからん。
「冗談はよしてくださいよ。
凄く行きたくない気持ちを我慢してきたんです。
褒めて欲しいくらい。」
「はは、それは悪かったね。
ところで君の相方の少年は、上で戦っているのかな?
それとも、もう皆やられてしまって、君を探しているのかな。」
何が「ところで」だよ。
いつまでもおちゃらけているオヤジだな。
紳士を気取っているのだろうが、お前はせいぜい雀荘に入り浸りな定年間近のオッサンだからな。
なんて心の中で悪態を付いていると、
「まあ、君が今、一人であることは変わりないがね。」
と意味深な発言。
なに。強姦でもする気ですか?
このオッサンは。
いくらなんでも気持ち悪いぞ。
「どういう意味です?」
「はは、今にわかるさ。
そうだな…あと、10秒もすれば、ね。」
意味がわからない。
腕時計を確認してそう言ったオジサンは、また元来た金属扉に入っていく。
「待ってください。
話はまだ終わっていません。」
早足で金属扉に近寄った、その時だ。
――ドド…
「!」
遠く…いや、上から、なにか鈍い音。
それに気を取られたが故に、金属扉は完璧に閉じられた。
そして、向こうからは錠のかかる音。
くそ、ここまできたのに、してやられた。
完全に立ち往生だ。
頭を抱えたその時、また音がする。
――ドドド…
「…なんだ?
どんどん、近く…
っ!」
そして、わたしは気づいてしまった。
出来ることなら、気づきたくなかったけれど、これは、これだけは間違いない。
徐々に、徐々に近づいてくるそれは、大量の水の音。
ああ、そういう魂胆か。
ボス自らが餌となり、わざと地下深いここまで誘い出す。
そして、丁度地上のあたりに貯水でもしてあったのだろう。
そこから水を流し、地下に追いやった獲物を仕留める。
おそらく金属扉の向こうは、また階段かハシゴで、地上に繋がっているのだろう。
まさに絶望的。
「困ったなあ。」
まじで逝っちゃうパターンだったんだ、コレ。
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