052「俺のことはいい先に行け」
「珠紀さーん、作戦はわかってますよねー?」
「おうともよ。」
「…なんか心配ですねー。
いいですかー、もう一度確認しますから、ちゃんと聞いててください。」
「おうともよ。」
あれからすっかり…とまではいかないが、前にあったことを引きずる様子もなく、フランは前のようにわたしにちょっかいを掛けてくるようになった。
仲直り、というわけではないが、なんだろう。
つっかえが無くなって、色々さらけ出した分、前よりも仲良くなれたんじゃないかと思う。
と、今はそんなことを考えている暇はない。
わたし達は今、大事な大事な任務の最中なのだから。
内容はといえば、今までよりも少々過激なもので、人を殴るくらいのことはしなくてはならないものだ。
(殺しは今後面倒なことになりそうなので、極力避けるようにという命令。)
簡単に説明すれば、同盟の破棄の申し出ってやつだ。
詳しく言えば若干長くなるが…
どうやら、我らがボンゴレファミリーとここ数年前に同盟を組んだファミリーが、不穏な動きを見せているとかなんとか。
その不穏な動きっていうのは、麻薬の取引だの、人身売買だの、この世界ではよくある話だ。
しかしそんなものは、ボンゴレのしそうには反する。
同盟など組んでいられない。
それに加え、近頃はボンゴレファミリーの者が数人襲われたという。
その時目撃されたものが、恐らくこのファミリーの者であるということだ。
それら全ての確たる証拠は、今までの仕事で十分に押さえてきた。
あとは、同盟の破棄を成功させるだけ。
方法自体は簡単だ。
首領の首を縦に振らせ、判を押させれば良いだけなのだから。
しかし、援助という名の元に、うまく自分たちのもとへ金を流してくれている金庫のような存在を、容易に手放してくるとは思えない。
だからこそ、ここでわたし達ヴァリアーのお役目ってわけだ。
殺されるかもしれないからね。
理不尽に反抗するかも。
「説明は珠紀さんの役目です。
で、なにか突っ込まれて困ったら、ミーが助け舟を出しますからー。」
「じゃあ最初からフランが喋ってればいいじゃん。」
「じゃあアンタ仕事ないでしょー。」
「…は、ハンコの朱肉を差し出す!」
「馬鹿ですかー。
そんなにすんなりハンコを押してくれる筈がないから、こうしてミーたちが来てるんでしょー。」
うぐ。
確かにその通りなんだけども…
言葉に詰まると、丁度良くと言っていいのか何なのか、こちらの部屋に向かって足音が近づいてくる。
やべえ、緊張してきた。
何がヤバイって、主に手汗がやばい。
スーツのズボンをギュッと握って汗を拭くと、フランにバレた。
蔑むような目で見られたような気もするけど、ここは無視しておこう。
ガチャリと音を立ててドアが開く。
現れたのは人の良さそうな顔をしたオジサン。
わたし達二人は席を立ち、入ってきたオジサンにお辞儀をする。
うん。
写真でも何度も確認したから、とりあえず話を通す相手はこの人で間違いない。
拙いイタリア語で挨拶すると、ニコッと笑って挨拶をしてくる。
…騙されるな珠紀。
実は悪いオジサンだから。
こういうので何回騙されたんだお前は。
「珠紀さん、少し雑談に付き合ってから話切り出してください。」
るっさいな分かってるよ…
どこまでわたしに任せるのが心配なのか、一々次の行動やら何やらを伝えて来るフランに少しイラッ。
座るよう促され、さっきのようにソファに腰掛ける。
どうやら元が陽気なようで、このオジサン、はじめ15分程飽きることもなく雑談を繰り広げていた。
元気だなあ。
でも、一歩間違えば雀荘にいそう。
そんなことを考えながら、わたしはウンウンと適当に聞き流していた。
フランはそれを知ってか、時々不審な目でこちらを見ていた。
その視線があんまり冷たいもんだから、ちょっと泣きそうになった。
そして会話の内容は、段々ボンゴレについての話にシフトチェンジしつつあった。
詳しいところを話すと、『副業の経営のやり方がうまい』だとか『いかに手を汚さずにいかに儲けるか』だとか『貧困の民たちをも救う精神は素晴らしい』だとか。
今更、媚でも売る気になったのか。
とにかく褒めちぎっていた。
が、しかし。
ここに来て問題発言。
「ところで。
こんにち、御宅は私たちを潰しにでもやってきたのですかな?」
間違ってるけど、あながち否定も出来ない。
少し驚き、冷や汗が背中を伝った。
そこにフランが「まさか。私達はお話があって来たまでです。」とフォローを入れてくれる。
助かった。
わたしには到底うまく返せそうになかったもん。
そろそろ雑談にも飽きてきた頃だったから、切り出すには程よいタイミングではあったんだけど…
(たぶんフランは内心喜んでるだろう。)
するとオジサンはにっこり笑顔を保ったまま、「ああ、そうでしたな。これは失敬。」と一言。
それにフランが笑い返す。
こんな時に言うのも何だが、こいつのこんな笑顔はレアだ。
まあ、所詮よそ行きの作りものではあるんだけど。
「ああ、そうだ。
今日は大事な会談の予定だったのに、今まで私ばかりが話してしまったね。
それで、話とは何かな?」
ここでわたしの出番。
この機を逃さず、わたしは頭に入れてきた内容を全て順を追って話す。
まず、同盟の破棄について。
破棄に至った理由。
そしてその理由の裏付けである、証拠に関して。
途中、苦い顔ひとつせず、笑顔を崩さなかったオジサンは、なかなかだと思う。
さすがマフィア。
表を飾るのは慣れているのか。
でも忘れちゃいけないのは、この人はあくまでオジサンということだ。
オジサンの笑顔を終始見ていても、事実嫌な気しかしない。
女子高生とかだったら良かったのに。
(※ただし可愛い子に限る。)
「――という訳です。
何も、この同盟破棄によって、わたし達ボンゴレとあなた達ファミリーの絆が断たれるという話ではありません。
しかし、あなた達の多くの活動は、わたし達のポリシーに反する内容が多く、同盟という絆で結ぶべきではないと、我らがボスは判断なされました。
この話、飲んではいただけますか?」
当然、こんなものは口から出任せだ。
嘘も方便と言うだろう。
まあ、全ては綱吉の命令なのだが。
何が絆だ、と反吐が出そうになるが、一応今まで同盟ファミリーとしてやってきたのだ。
誰も望んで事を荒立てたくはない。
つまりはそういうことだ。
「これが破棄にあたっての書類です。
我らがボスの死炎印もあります。
よろしければ、ここに印をいただけませんか?」
「…本気かね。」
「ええ。」
オジサンはここに来て、一度ギリッと唇を噛んだ。
そして深くため息をついて、眉間を押さえ込んだ。
しばらくそうしていると、間を開けて、
「……わかった。」
よし、成功か。
フランの手も借りることなく、無事に終わりそうだ。
オジサンは印を取ってくるよと言って立ち上がり、わたし達に背を向ける。
その時だった。
「お前ら、やれ。」
去りゆく足音のみが聞こえるこの部屋に、突如響いたその一言。
その言葉と共に、わたしとフランの座っている間に、銃弾が打ち込まれた。
小さく舌打ちが聞こえる。
オジサンはそんなこんなをしている間に部屋を出ていた。
屋敷内の間取りはほとんど知っているから、この先オジサンを探すのは苦ではないだろう。
しかし、今は何より、この状況下を脱出しなければ。
わたしとフランが立ち上がった途端、わたしの座っていたソファに弾丸が打ち込まれる。
ひー、こえー。
「ひとまず、この部屋を出ましょー。」
「おうともよ。」
フランに続いて、銃弾の嵐を避けて廊下に飛び出す。
すると驚き。
広いホールには、総勢何人いるかも数えたくないような人数が待ち構えていた。
大体…30人くらいだろうか。
いや、もっと出てくるかもしれない。
正直、目分量的なものは分かんないから、正確な数は分からない。
あー、こんな時刃物を使う人だったら、一発でバッサバッサやるんだろうな…
始めて目にした大量の敵に、わたしは若干目眩を覚えた。
「珠紀さーん。
殺しに来た人も、あくまで半殺しまでっていう命令ですから、殺しちゃダメですよー?
殴るだけ。
もしくは気絶させるだけ。
まあ、アンタに人殺せって言っても、無茶な話でしょうけどー…」
「にゃんだと!?
こここ殺せりゅわあ!!」
「カミカミでバレバレだよ。
じゃあまず、道を開けつつオッサンのいそうな場所目指しますよー。」
わたしはまたそれに「おうともよ」と答え、かかってきた中年オヤジ達に応戦した。
何だか久々に暴力を振るった。
あと久々に任務内容が書かれて嬉しい。
玉錘を見て「なんだあのデカイマラカスは!」と言ってる奴はしねばいいと思う。
まあ、この任務で人は殺せないんだけど。
ていうかさ、柄は収納式とは言え、このサイズの球持ってる時点で結構おかしいよね。
いやホント今更なんだけども。
あ、あれか。
おっぱいに入れればいいのか。
あったまいー☆
…詐欺とか言った奴誰だ出てこい。
そんなこんなしている間にも、敵さんはどんどん増えるばかり。
フランの幻覚見てたら、なんか段々気分悪くなってきたし。
もう、色々最悪だよ。
吐いていい?
ねえ、もう吐いていい?
ていうかね、幻覚とかセコイし。
使える意味がわかんねーし。
にぃも幻術が嫌いって言ってたけど、確かにわたしも嫌いだ。
こんなとこも似たんだろうか。
「珠紀さーん。
ミーもう疲れてきたんでー、先に行ってオッサン探してきてくれませんかー?」
「え、なに、俺のことはいい先に行け的な?」
「バカですね。
書類はアンタが持ってるんですから、ミーが行っても意味ないでしょー。」
あ、そっか。
納得していると、ため息をつかれた。
「じゃあ、行ってくるわ。
この屋敷って二階までだっけ。
消えた方向的に二階のはずだから、とりあえず二階行くから。
ガンバ!」
「仲間置いてくのに、ためらいがないですねー。
まあ、アンタがいない方が幻術も使いやすいので、いいですけどー。」
いってら、と言って、幻術で私をミラーコーティング(絶対違う)的な処置を施してくれたらしいフラン。
いまやわたしの姿は敵には見えていない。
これは、別にも力を使っているので、長くは持たないだろう。
わたしは人の波を抜けて、二階を目指した。
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