049「idiota」





フランの衝撃の告白から、早10日が経ちました。


そろそろわたしもルッスの言葉通り笑えるようにもなってきて、問題はフラン。


あの日以降、なぜか必要以上に絡んでくるようになった。

悩んでいる自分がバカらしくなったというのも、吹っ切れた理由のうちの一つでもある。


たぶん、フランも何かが吹っ切れたんだと思う。


バリバリ下ネタを言うとか。

おい、キャラはどうしたキャラは。
忘れ物かよ。


なんて具合に、今はうまくやれている。



しかし一方で、わたしには最近、新たなる問題が迫っていた。




「イタリア語、意味不明!!!」




談話室の机に山積みになった参考書。

聞き流されているばかりの無駄なCDラジカセ。

床に散った新品のルーズリーフ…


カオスだ。


この空間のもの全てがカオス。



なんだよ、モンテ・ビアンコって。

なんなんだよ。
Monte Bianco?


いやいや、おかしいからね。
何で修飾語が名詞の後ろにつくんだよ。

日本語で「白い山」だろ!

英語で「White Mountain」だろ!


もう名詞さん本格的に怒っちゃってるからね。

名詞「俺の後ろに立つな」

とか言ってマジで発泡してくる勢いだからね、もう。




「こら珠紀ちゃん!

今日こそは頑張るって約束したじゃないの〜!

またルーズリーフおとして戦意喪失したの?まったく!」




ルッス先生がプンプンしながらこちらに駆け寄ってくる。




「だってルッスーリア、これ見て!

意味わからん!
マジで意味わからん!

なんでこんなに活用しなきゃいけないの?

英語ですら放棄したわたしに、こんなに沢山活用を覚えさせるの?」


「珠紀ちゃん、案外英語に慣れ親しんでからの方が、イタリア語って難しいのよん?」


「時制だけならともかく、人称でも変形しやがるとか!?

動詞、お前はとんでもねえ尻軽だな!」


「私はイタリア語より、珠紀ちゃんの方がわからないわ…」




ため息をついてそう言うルッス。

いや、だっておかしいもん…


動詞一つの活用が50通りもあるんだよ?

おかしくね?
いやおかしいよ確実に。

正気の沙汰じゃないよ。


…え?
計算してる暇があったら勉強しろ?

残念!
珠紀ちゃんはどっちかってーと理系なのさ!


しかも無駄なことにばかり頭を使う方の、一見真面目でも実は不真面目系クズなのさ!!


え?それはただのクズ?

まあ、気にすんな☆




「しかし困ったわねえ〜。

乏しい英語で報告書を書かれても困るし、だからと言って日本語で出すとスクアーロがうるさいし…」


「もう、スクアーロさんが日本語勉強すればいいんですよ。

自分がちょっと日本語苦手だからって…」




わたしが愚痴のようにこぼすと、ルッスは苦笑いして言った。




「珠紀ちゃん、スクちゃん、あれ結構頑張った結果なのよ。

今でこそ饒舌になってきたけど、10年前やそのもっと前は、もっと苦手だったの。


なんとか現地の人と会話したりして話せるようになったけど…


実は、今でもあの子、日本語は書いたり読んだり出来ないの。

平仮名や片仮名ならまだしも、漢字なんて超絶苦手なの。」




おいおい、そんなに弱点バラしてもいいのか、ルッスよ。

あとが怖いから「あんなこと、こんなことを聞いた」とは言わないが。


するとルッス、更に衝撃の一言。




「だからね、あの子、実は今でも日本語は勉強してるわ。

思い出したかのように、時々参考書を引っ張ってきてみたり…
まあ、それはここ最近の話なんだけどね〜ん!


この間なんて、珠紀ちゃんと同じようなことを言ってたわ!

『五段活用って何だぁ!?』とか『何でこんなに漢字の種類があるんだぁ!』とか…


聞いてて面白かったわよん。」




な、なんと。

もうすでに勉強してたんか…


結構ベラベラ喋ってるから、一見「日本語得意なのかな?」って思うけど罠。


話してると時々「??」って顔するしね。

他にはまあ、無駄に主語使ったり、時々語尾に違和感があったりするし。


でも実は影で努力してたとか。


なんていうか、二次的萌えポイントやがな。

なんていうんだろう…
運動音痴の子が放課後頑張ってバレーの練習してるのを見つけたような、そんな気分。


ちょっと想像して萌えた。



いや、本来ならわたしも影で努力してみんなを萌えさせたりする筈なんだけどね。


…言語の勉強苦手なんだもん!

(元も子もねえ。)




「だからね、珠紀ちゃん…

スクちゃんが“勉強しろ”って言った本当の意味、わかるわよね?」




分かるような、分からないような。


本当の意味ってなによ、とか思ったけど、力説してくれたルッスに申し訳ないので、ここは黙って頷いておいた。



ヒント:

分からないことが悪いのではなく、本当に悪いのは、分かっていないのに分かった気になることと、分からないことを分かると言い張ることである。



するとルッスは「わかってくれて嬉しいわ」と言って微笑んだ。


オカマの笑顔というのもちょっと複雑な気持ちを生み出すけれど、嫌いではない。

なんだか純粋な気がするからだ。


だからこそ今になってちょっと罪悪感が襲ってきた。

やべえ、後戻りできねえ。



ルッスはそんなわたしには気づかず、立ち上がる。


そして「珠紀ちゃんが頑張るなら、私もご褒美にデザート作っちゃうわ〜ん!」と言って、談話室横の小さなキッチンに向かった。


ごめんね、ルッス…

じつはわたし、きちんと理解してなかったよ…(遅い)



するとルーズリーフを拾い終わり一段落着いたところに、ベルがやって来た。




「なに、勉強?えっらー。

オレ今まで机に向かって勉強とか、した記憶もねーんだけど。」


「うるさいなー。」




ケラケラ笑いながら茶化すように言ってくるベルに、私はまた戦意喪失。




「Hai la cigarette?

って…お前、どんな勉強だよ。」


「いや、タバコが無くて悲しい時に使えるなって思って。」


「お前タバコ吸わねーじゃん。」


「バレた。」
「バレるも何も、吸ってんの見たことねーし。
で、なになに?

Le donne sono belle.

……お前の趣味?」


「違うよ!
男の人と話す話題がない時に『あっ!あの女の人たちきれいですね!』って言えば、話題作りになるかなって…」


「なんねーよ馬鹿。」




散々に突っ込まれ罵られた私の心はズタボロだ。
訴えてやる。

どっかりと隣に座ったベルを横目に、わたしはピンとひらめいた。




「…ちょ、ベル。」


「んー?何。」


「ベルって天才なんだよね。

机に向かって勉強したことはなくても、勉強を教えることは出来るんだよね。

だって天才だもんね。」




そう言うと、「あーー」と言って少し考えた後、「出来るんじゃね?」と一言。




「なんだその投げやり感。」


「だって、やったことねーもん。

ま、初めてのことでも器用に出来ちゃうのが俺だけど。」




なんか腹立つな、それ。

わたしはいくら参考書を開いたところで、全然上達しないっていうのに。


するとベルはわたしの言いたいことを悟ったのか、「教えてやろうか?」と言った。


…正直、天才に教わったほうが、独学で行くより全然早く上達すると思う。

でも、なんかやっぱ腹立つ。

いやでも、やっぱ上達はしたい。



数秒の葛藤の末、わたしは「教えてください」と頭を下げていた。

情けねえ。
情けも無ければプライドも無い。

くっそ。


そしてベルは気分良さげに




「ちゃんと先生って呼べよ?」




なんて言って、にいと笑った。


ルッスの「おやつ出来たわよ」がこんなに遠く聞こえるのは初めてだというほどに、わたしは嫌な予感がした。







――――――――――






――2週間後




「Tu sei un idiota!」

(馬鹿が!)




――ガシャンっ!


ワイングラスがそこらに飛び散る。

わたしは間一髪でそれを避ける。




「Non sono stupido?」

(馬鹿じゃないですよ?)




しかし今や私の行動一つ一つが、ボスを怒らせる要因となる。




「Palla nella buca d' angolo.」

(俺を怒らせたな。)


「…Cosa vi ha fatto arrabbiare?」

(…何で怒ってるんですか?)




静かな怒気を含んだ声音。

いつ聞いても恐ろしい。


こういう一つ一つの行動がもう、ボスを怒らせるってわかってはいるんだけど…




「Per quanto tempo hai lavorato qui!?
Tu sei un idiota!!

Colui che esita è perduto!!
Da ora in avanti, non voglio piu ' polizia!!」


(ここで働いてどれくらいになるんだ!?
この馬鹿が!

ためらった奴がミスるんだよ!!
いい加減分かれ!!)




やばい、と思った瞬間にはもう遅い。


最近楽天家っぽかったから、油断してたけど…

XANXUS様はXANXUS様。
怒りっぽさは健在でした。


その怒声に耐えること5分程度。


泣きてえ、もう泣きてえ。

そんな風に思っていると、ボスはいきなりため息をつく。




「…Quindi sono di certo meno immorale della media.

Ho fame perché .
Digli di mettere quelle cazzo manzo.

Puoi andare a casa!」


(もう、どうでもいい。

腹減った。
肉よこせ。

お前はもう帰れ!)


「Si.」

(分かりました。)




バタン。


5分でお説教おわりとかラッキーとか。

あーやっぱ結婚して丸くなったのかなーとか。


考えることは沢山あった。


でも、一つだけ腑に落ちない点がある。




「イタリア語覚えて何になるって……


ただ、ボスがキレた時何言ってるか分かるようになっただけじゃね…?」




この2週間、わたしはイタリア語は多少話せるまでになったものの、どちらかと言うと損な体験をしましたとさ。







back next

 
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -