047「フラグの回収」
「珠紀…?」
世界が固まったような気がした。
「起きてたのか?
昨日は大変だったんだぜえ…」
――“フラグ”
それは、小説や映画などのストーリーで、『そうなるであろう、そうなる条件が成立したようだ』と思われる場合の、言わば物語中の“伏線”を表す言葉…
突然だが、わたしこと雲雀珠紀は、このフラグを乱立するのが得意だ。
そしてそれを回収するまでが、フラグを立てるという行為。
わたしは毎度毎度フラグを立てては、見事にそれらを回収する。
今回のケースも同様だ。
わたしはこの現状においての最悪の展開を想像した。
そして、心の中で「それだけは避けたい」と切に願った。
さあ、もうお分かりだろうか。
これが、フラグを立てるということだ。
「お、おおおはっ!
おはようございましゅっ!!!」
そして見事に噛むのも珠紀クオリティ。
うはは、寝起きのスクアーロさんを見るのはこれで二回目だぞ〜なんて、そんな冗談を吐けたらどれほど良かっただろうか。
たぶん、枕元にあんな物が無くって、わたしが下半身パン1なんかじゃ無ければ、ジョークの一つくらい溢せたのだろう。
「つーかお前、昨日の晩から着替えてねえのかぁ。
シャワーでも浴びて来い。
まだ寝ぼけたツラしてんぞぉ。」
「シャッ…
シャワーでござるか!!?」
「いや、何人だよ。
つーか何で驚いてんだ…」
そりゃ驚くだろおおおおお!
だって…ねえ。
上司っぽいような同僚っぽいような人と、その…間違いだなんて…
スクアーロさんはシャワーに入れと言うが、ここで食い下がったら、わたしの推理がどこまで合っているのか確認できない。
(ほぼ確定だけど)実際何があったかなんて分かんないんだし!
意を決して、わたしはスクアーロさんの腕を掴んだ。
ちょっとビクってされたけど、この際だから気にしない。
「スクアーロさん…」
「な、なんだぁ。」
「…昨日のこと、わたし全然覚えてないんです。
マーモンがいい事言ったなーって辺りから、グラデーションがかかるように記憶がありません。」
「…そうかぁ。」
ああ…
これ、終わったな。
だって、なんかもう、これ、雰囲気が…
覚えてないって言った瞬間これだもの。
心無しかしょんぼりして見えるもの。
「ご、ごめんなさい!!!」
「いや、良いんだぁ…
あれは俺の記憶の片隅に封印しておくことにする。」
うっわあああ…
もう、ヴァリアーでの人間関係終わったかもしれない。
なんかすっげー心が痛む。
予想通り、スクアーロさんってば全然目合わせないもの。
それどころかちょっと目伏せてるもの。
しかもちょっと頬が赤いんですけど。
なんですか。
昨日のわたしを思い出したんですか。
ごめんなさいわたしは覚えてないです、ごめんなさい。
と、こんな状況でスクアーロさんに質問するのも何だけど、一つ、大事なことを確かめなければならない。
それはわたしの今後にも、スクアーロさんの今後にも影響するかもしれない、重要なこと。
「あの、」
「ああ?」
「こんなこと聞くのも、デリカシー無いって思うんですけど…」
「…言ってみろぉ。」
わたしは、意を決した。
「なっ…
中に、出したんですか?」
そうだ。
一番大事なこと。
私が起きたとき枕元には、明らかに使っていないであろう、しかし開封済みのコン○ームが置いてあった。
これはどういうことか。
つまりこういうことだ。
「ゴム付けるぜ。」
「やだ、生でして。」
「しょうがねえな。」ポイッ
そう、こういうことだ。
色気もクソもない短調な説明で申し訳ないが。
他にも理由は考えられるが、ぱっと見たところ使用済みのコン○ームは落ちてはいないようだし、ベッド横のゴミ箱にも入ってはいなかった。
と、言うことは。
「生で、したんですよね…?」
もう、これは殆ど確定事項だろう。
わたしが再度そう尋ねると、スクアーロさんは驚いたように、黙って固まっていた。
沈黙は肯定。
なんだ。
やっぱりそうなのか。
わたしは、言われたとおりシャワーでも浴びてこようと立ち上がった。
「…待て。」
すると、スクアーロさんに腕を掴まれる。
なんですか、離してください。
いくら恭弥に付き合ってるって嘘をついたからって、さすがにコレはしちゃまずいことですよ。
なんだか泣けてきて、堪らず下を向いた。
スクアーロさんはそんなわたしを慰めようと思ったのか、立ち上がって、わたしの頭に大きな手を置いた。
「いいかぁ、珠紀。」
そして、静かに息を吸って、優しくこう言った。
「お前は昨日の夜、マーモンの野郎の忠告も虚しく、あの場で酔いつぶれた。
そこで、俺がこの部屋まで運んだ。
ここまで良いなぁ?」
「ぐすっ…う、は、はい…」
諭すような優しい口調で、わたしの記憶にない部分を説明してくれるスクアーロさん。
なんかよく分からないけど、涙が止まらなくなってきた。
スクアーロさんはなおも続けた。
「背負って運んでる間お前が寝ちまったから、俺はベッドに置いて静かに帰ろうとした。
が、お前は俺がベッドに寝かせたところで起きた。
運悪くも。
そして寝ぼけたままこう言った。
『今からお突き合いですか?緊張します』
と。」
…………ん?
「勿論俺は否定した。
が、お前は『ゴムはどこだったかな』と探しに立ち上がった。
俺はこの流れはまずいと悟って、早く部屋を出ようと決めた。
するとお前に見つかった。
そうしたら、『帰るならせめてわたしが寝るまでいるんですよ』と言った。
正直意味が分からなかったなあ。」
………あれ?
「俺はお前にベッドに引っ張られて、入れと言われたからベッドに入った。
言うことを聞かなければ殺されそうな勢いで言われたからなぁ…
寝かしつけて帰ろうと思ったら、今度は『乙女と寝ていて手も出さんか』と怒り出した。」
あれれ?
「さすがに泥酔してたからなぁ…
酔いが冷めてからが大変だと思って、俺は丁重に断った。
するとお前は服を脱ぎだして、俺はそれを止めた。
今度はゴムを開封したかと思えば、俺のズボンに手をかけてきた。
で、思わず手刀で気絶させた。
これは…まあ正直悪いとは思ってねえ。」
何か、おかしいぞ?
うん、何かがおかしい。
だって…これ、わたし痴女じゃね?
完璧痴女じゃね?
血の気とともに涙も引いて、今のわたしの顔はとんでもないことになっていると思う。
お化け的な意味で。
うっわあああ…
やらかしたやらかしたとは思ってたけど、まさかこんなやらかし方をしていたとは…
もうスクアーロさんドン引きだよ。
絶対引いてるよ。
だって、『お突き合いですか?』だぜ?
ワイルドでもなんでもねえ、これは紛れもなくただの変態だよ。
で、結局何かあっては大変だと思ったのか、部屋に残ってソファで寝たと。
そういうことなのか。
なんだか凄く悪いことをしてしまった。
わたしが「うわああああ」となっていると、スクアーロさんは思い出したかのように、付け足してこう言った。
「ああ、で、パンツ姿になったお前に布団をかけようとしたら、そこにフランが来てなぁ。
ドア閉めてダッシュで帰ったぜぇ…」
フランも引いてんじゃねえかああああああああああ!!!!
え、なに。
用があってきたんじゃないの。
フランよ。
それをなんだ。
光景見るなりダッシュで帰るって。
スクアーロさんは、なんだか申し訳ないような複雑な表情をしていた。
いや、申し訳ないのはわたしの方なんだけれども!
真実を知るたびに、わたしの中の何かが音を立てて崩れていくんですが。
「………なんか…
ホント、すいませんでした……」
「いや、気にすんな。
むしろ俺としては、覚えてなくて助かったところもあるしなあ。
それより、フランは用があって来てたんだろうし、行ってやったらどうだぁ?
…ショッキングなもん見て、随分気も滅入ってるだろうし…」
ショッキングなもんて、パンツ出したからってそこまで言うか。
先の言葉が気になるが、スクアーロさんが言ったことは最もだと思う。
寝起きから色々ありすぎて忘れていたが、時計を確かめると、まだ夜が明けたばかりだった。
ああ、こんな時間じゃあさすがにフランもおきていないだろうな。
むしろ爆睡中だろう。
「とりあえず誤解されるから帰るぜ」なんて言ってるスクアーロさんには、本当に迷惑をかけた。
一言「すいませんでした」と謝ると、「おう」と短く返事をして、部屋に帰っていった。
お疲れ様です。
さて、わたしはどうしようか。
二度寝するにしては、泣いたし驚いたし寒いしで、ちょっと今からはキツイ。
だからと言って、フランのもとを訪れるにも、まだ早い時間だ。
…………。
「…長風呂、でもしようか。」
―――――
フラン…( ;∀;)
←back next→