046「フラグ乱立」
「っの野郎!!」
バキッ!という嫌な音と共に、わたしの上から重しが消え、身体が軽くなる。
ということは、上に乗っていたフランが吹っ飛んだというわけだ。
いや、ベルよ。
そこまでしますか?
いくら同僚の純潔が奪われ掛けたからって…と言うかこれデジャヴだよ。
二回目だから、もう純潔もくそもねーじゃん。
まあ、ベルのおかげで身体が自由になったわけだけど。
「んまっ、ベルちゃん!
別に殴らなくても…って、こればっかりは仕方ないかもしれないけどねん。」
「…コイツ二回目なんだぜ?
次やったらコロスって言っといた上で、一発殴られただけで済んだならマシだろ。」
「んまあ、前科があるの?
この子も中々スミに置けないわね…」
いや、感心してる場合かよ。
つーかわたし、防御甘すぎだろ。
何回チューされんだよ。
普通怒るところなんだろうけど、まあ、相手は酔っ払いだし…
免除かな、なんて。
(怒るのかわいそうじゃん。
既にベルが一発殴ってるし。)
「あーあ…ルッスーリア。
本格的に君に運んでもらわなきゃいけないみたいだよ。
完全にのびてる。」
酔っ払いを殴ればそうもなるだろうね。
マーモンの冷静な判断で、ルッスーリアが担いでフランを部屋に連れて行く。
こういうときのルッスは、いやに男らしい。
言えば間違いなく殺されるけど。
「全く…ベル。
君は、その手の早いのをなんとかしなよ。
スクアーロも、いつまで驚いてるんだい。」
やっぱりこんな時はマーモンが頼りになるっぽい。
さっきから一番しっかりしてる。
…肉体的な意味だとルッスが一番がっしりしてるけど。
何言ってんだわたしは。
「ほら君も。いつまで座ってるの?」
「あ、うん。
ごめん、ありがとう。
ていうかマーモン、あの…満天っていた?今。」
「満天?」
「ボスの嫁さん。ちっちゃいの。」
「いなかったと思うよ。
と言うか、初めに料理をボスのところに持っていくって部屋を離れて、そこから見てないな。」
これほどラブラブ具合に感謝することは、多分この先なかなか無いだろう。
フランの力に負けて転んでチューされたなんて知れたら、馬鹿にされること間違いないもん。
…タリアちゃんとかチクんないよね、大丈夫だよね。
いや。
一番心配なのはルッスか。
相談と称して満天に結構もの喋るもんな。
あいつもあいつで、新婚の割に毎日暇だから、律儀に聞いちゃうし。
すると私の心情を知ってか否か、マーモンが「君も大変みたいだね。」なんて、同情したかのように呟いた。
「そう見える?」
「うん。十分に。」
即答だった。
まあ、悩みがない人間みたいな扱いをされるのもあれだけど、大変そうに見られるのもなんだかなあ。
別に気にしてないんだけど…
っていうかさ。
今、一個気になった。
「今更だけど、マーモン。」
「なんだい。」
「フランってさあ…なんでチューしたんだろう。」
そうだよ、今更だけど、そうなんだよ。
前の時はほら、扇風機の前のポジションを譲らなかったからかなあとか思ったけどさ。
今回も何やかんやで、お酒の勢いかなって思ったけどさ。
イラついたにしろ酒の勢いにしろ、チューする必要性ってあるの?
正直なくね?
そんなことを考えていると、マーモンは私を、まるで養豚場の豚を見るような視線で見つめていた。
あ、ハイ、リサリサ先生好きです。
長いことファンです。
「…君ね、それ本気で言ってるの?」
「いや、だってさ、チューする必要なくね?
アレか。
もしかしてキス魔だったの?あいつ。」
「うん、それは違うと思うよ、僕も詳しくは知らないけど。」
「じゃあそう言う性癖のお方か。」
わたしの発言にマーモンは「どういう性癖だよ。」と冷静に突っ込んだ。
近くで酒を飲んでいたベルがリアルに口のものを吹き出した。
きたねえ。
それにしても、分からない。
結局全部成り行きだったのか。
だとしたらどんな成り行きだ。
むしろアレか。
フランの目には、わたしが物欲しそうな女に映っていたのか。
確かにわたしはここ何年も、男の方とお付き合いなんてしては無いよ。
もちろんお突き合いなんてサラサラ無いよ。
そんなつもりは無いけど、やっぱりそういう風に見えてしまっていたんだろうか…
だとしたらわたし、フランに相当ビッチだと思われてるってことか?
うわあ…
だとしたらそれ、かなり悲しいことだよ…シャレにならん。
わたしがうんうん唸っていると、気を使ったのかワイングラスを差し出してくるマーモン。
何となくそれを受け取ると、ふっと口元に笑みが浮かんだのが伺えた。
「僕のおかえりパーティなんでしょ。
考え事は良いことだけど、今は笑ってお酒でも飲んでよ。
じゃないと素直に楽しめない。」
あのう、ちょっとどなたか鏡を私に。
顔赤くなってませんか。
大丈夫ですよね。
これは励まされたんだろうか。
おいおい、美形って罪だなあ…
ちょっと笑っただけでこうだもんよ。
なんか予想外のツンデレ系発言に、嬉し恥ずかし顔が熱い。
なにこれ。
これなんて乙女ゲーム。
“暗殺部隊ばりあー”隠しキャラのマーモン(中性的なツンデレ術師)ルートですか?
「あ、ありがとう…
ちょっ、これ美味い。美味いわ。」
「飲むのはいいけど、君までブッ倒れたりしないでね。」
そんなマーモンの言葉に軽く頷いて、わたしはガバガバワインを貪るように飲んだ。
モチロン途中からの記憶はない。
―――――――――――
「んー…」
いつものチュンチュン目覚ましが聞こえない。
早急に時間を確認したいのだが、部屋の壁に突出した柱にかけた壁掛け時計は、視力的な問題で残念ながら見えない。
携帯電話。ケータイどこ。
少し勇気を出して、暖かい布団の中からひんやりしてきた空気に手を伸ばす。
この年になると(?)なんだか暑さにも寒さにも弱くなった気がしてくる。
昔からといえばそうなんだけど、なんだか尚更。
そこでやっと手に何か当たったと思うと、それはケータイではなく、なぜかグラスだった。
軽く舌打ちをして顔を布団から出すと、そこには若干のワインの染みと、伸びきったコン○ームが落ちていた。
それを見て一気に目が冷めたわたし。
寒さなんて忘れて勢いよく起き上がると、部屋の中央に置いたソファーに、頭まですっぽり毛布に包まった、人と思われる物体。
それと同時にズキリと頭が痛む。
くっそ、二日酔いか。
どんだけ飲んだんだわたしは。
こんなことなら飲むんじゃなかった。
って、お酒を飲むたびに言っている気がするけど、気のせいってことにしておこう。
「え、てかゴムってまさか…うそだろ…」
わたしが起きたことを知ってか知らずか、人らしきものは動く気配すらない。
いや、え?
まずアレ誰だよ。
昨日のノリだとあれじゃん。
覚えてる限りでは、フランの件こそあれど、楽しくしようぜってノリだったじゃん。
純粋にオトナなマーモンにちょっとときめいたじゃん。
(わたしが勝手に)フラグも純粋な感じで立てたじゃん!
わたしがどうやって部屋に帰ってきたかは、まあ、分かんないけど…
それがなぜ、夜が明けたらこんな状況になる?
「うう、ん…」
「おっ!?」
「…………。」
って寝んのかよ!!
リアルで突っ込みそうになったわ。
一瞬唸って動いたと思ったら、また寝始めるそれ。
どうしよう。
無理やり毛布を剥ぎ取って起こすか?
いや、でもアレよく見たら、実家から引っ張ってきたわたしのお気に入りの毛布なんだよな…
(今朝は若干冷えると思ったら、あの毛布が無かったかららしい。)
そうなると、無理に引っ張るのも気が引ける。
乱暴に扱って毛がボッソボソになることだけは、なんとしても避けたい。
じゃあどうしよう。
とりあえず、と布団から出て初めて気づいたが、なんかわたし薄着なんですけど。
下なんてパンツだったんですけど。
見たところコン○ームも使用済みではなく、装着を断念したみたいになってるし。
やばいよやばいよ。
本格的にやらかしたかもしれない…
なにこれ酒の勢いで社内(?)恋愛フラグ?
わたしのフラグ回収率なめんなよ。
一回フラグ立ったらそうそう折れないんだぞ。
良くも悪くもだけど。
わたしはそうっと、毛布の人に近づいた。
起きる気配はない。
「…………。
ど、どうしよ……。」
待ってよ。
これが仮に、ベルだったらどうよ?
性格上、今後に問題なんかは出ないだろうが…
やはりどこかで気にしてしまうだろう。
いやいや、仮にフランだったら?
昨日とかのチューなんて比じゃないよ。
純潔とかもう言ってらんねーよ。
ルッス…はないだろうけど。
なんたってオカマだし。
心は誰より何より、しかもこのわたしよりも乙女だし。
じゃあ、なに。
仮に、スクアーロさんだったら?
「…だめだ!!」
今後黙っていてはくれるだろうが、多分、性格上目すら合わせてくれないこと間違いなしだよ!!
「あの日のことは悪かった。」とか…
「俺も無かったことにするから、お互い忘れようぜ。」とか言ってくるんだ!!
やだやだやだやだ!
それだけは何としても避けたい!
なんか……対応が一番辛い。
すると、今のわたしの声で気が付いたのか、毛布がごにょごにょと動いた。
小さく唸り声が聞こえる。
そして、ゆっくりと毛布がずり落ちて…
「珠紀…?」
見えたのは、長い長い、キレイな銀髪だった。
―――――
近頃はもっぱらフラン(おっとり鬼畜系術師)ルートだったんですが、本命はスクアーロ(俺様な苦労人剣士)ルートです。
ベル(純情かつ天邪鬼な王子)ルートは今しばらくお待ちを。
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