040「ありがとう」





「スクアーロさん、わたしと付き合ってください。」




……は?




「あ、すいません。

いきなりは驚きますよね。


わたし、この3日間でかなーり考えたんですよ。

『脳漿7:脳味噌2、
残りの1はゴミなんじゃね?』

みたいな頭でですよ。

そりゃあもう、一生懸命。」


「考えた結果がそれって、どういうことだぁ?

話吹っ飛びすぎだろぉ!」




切り出された話は、俺が思うよりもずっと、突拍子のないものだった。




「いやいや、そこは話ではなく『お前の頭吹っ飛びすぎだろ』ですよ。
ヴァリアーきってのツッコミも大した事ないですね。」




なんて言うが、こいつきちんと考えて言ったんだろうなぁ。

なんか、からかっているだけのようにも見え…というか、それとこれと、何の関係があるのか。


まさか、本物の告白と言うわけでもないだろうに。




「とりあえず、そのブッ飛んだ思考回路の初めから、順を追って説明をしやがれぇ」




俺がそう言うと、「言っておきますけど、冗談じゃありませんよ」なんて前置き。

冗談でそんなことを言う馬鹿がどこにいるんだ。




「いや、あのですね。

恭弥が…あの兄が、一発でわたしの望みに頷く筈がありますかね?

ありませんよね?


なら、どうしても残りたい口実を作れば良いんじゃあないか?

とわたしは考えたわけです。」


「…それ、かえって逆効果なんじゃねえのかぁ?」




ヒバリなら、(特に俺の場合)本気で殺しにかかってくるような…




「いやスクアーロさん、わたしももうすぐ27歳ですよ?

戦国時代なら、行き遅れなんてもんじゃありません。

ババアの完全体です。


そうなれば、学生時代とは話は変わってくる筈です。

妹が大切なら、『ああ、良い人見つかったんだな』ってなるじゃないですか!

イコール、残っても良いと言うことに…」


「なるかぁ?」


「なります。」




俺をまっすぐに見つめてそう言う珠紀。

その自信は一体どこから湧き出てくるのか。


自信があるのは良いことだが、今回ばかりは、自信のつけ所を完璧に間違えている気がする。




「え、なんですか。
文句・苦情があるなら下の宛先に…」


「テロップなら出てねえぞぉ。」


「なお、意見はこの場で認めます。
異論なら無視しますけど。」




異論は認められないけど意見は許すって、それただの賛成強要じゃねえかぁ…

まあ、こいつのことだから、そんなこと考えずに言っているんだろうが。


冗談ぽい発言は基本的に、(全てといって良いほど)何も考えずに思いつきとノリで言っていたりする。




「…じゃあ、言ってもいいかぁ。」


「はい、どうぞ。

あっ、そうだ、でも、ちょっと待ってください。
言い忘れてることがありました。

続きなんですけど…」


「今度は何だぁ。」


「あのですね、わたしの考えもこれだけでは留まらなかった訳ですよ。
勿論のこと。

だって、反対される可能性もナキニシモアラズ、じゃあないですか?」




無きにしも非ずどころか、ほとんどその可能性しか残ってねえ気がするのは俺だけか。




「ですから、

『恋人がいるのでわたしは残ります』
『ダメだよ』

となった場合はですね、


『もうこのお腹の中には新しい命が…』


って言えばお許しが下るとおも
「下るワケあるかぁ。」




なぁ…
おい…

前から思ってたけどよぉ…


こいつ馬鹿だろぉ。


いや、今更っていうか、「ここまで来て言うか?」って感じもするけど。
つーか気づくの遅いけど。

真性の馬鹿だ。

一昔前に流行ったお馬鹿キャラとか、そんな似非もんでもなくて。




「だめですかね?

あ、じゃあじゃあ、もう入籍をしたっていう設定は…」

「良い訳あるかぁ。
いずれバレるような、事実が確かめられる嘘はやめた方がいいだろぉ。」




まあ、俺も人のことは言えねえ、大馬鹿なんだがなあ。


困りや焦りの色が見え隠れしていた、珠紀の目が、一気に期待をふくんだ、明るいものになる。


そして、ニィと口元を歪ませて、




「じゃあ、この嘘乗ってくれるんですね。」




と、言うのである。

頬が引きつるのが、自分でも嫌なくらいに分かった瞬間だった。


どうやら、乗りかけた船には乗らなくてはいけないのが、世の理らしい。


まあ、そんな世も決して悪くないと思っている自分も、確かにここにいるのだが。




「ね?そうですよね?」



「し、仕方ねえから乗ってやるって言ってんだぁ!

せっかくボスさんが拾ってきたってのに、勝手に帰しちゃあ何言われるか分かったこっちゃねえからなぁ。


…ただし、嘘の内容は『結婚の約束』までだぁ。

事実かどうかは本人しか分からねえ事だからなあ…
よっぽどじゃねえと、バレやしねえだろぉ。」



「ま、まじですかっ。
わかりました、そうしましょう!

うまく演じてくださいね!」




ずいずいと前に出てくる珠紀。


顔が近いから、と照れるような歳でもねえし、んな柄じゃあねえ筈なんだがなぁ…


そんな俺の様子に気が付いたのか、珠紀は「あ。」と言って体を引っ込める。




「あは…すいません。

ちょっと、こんなフザけた案に乗ってくれるなんて思ってなかったんで。」


「フザけてる自覚はあるんだなあ…

つーか、そこは『すみません』を言うところじゃねえだろぉ?」




俺がそう言うと、珠紀がはにかんで、こう言った。




「ありがちですね、そのパターン。


…でも、わたしは嫌いじゃないですよ。


そういうのも。」



「!」




今まで一度も見たことがないような、そんな笑顔を、こいつは見せた。


柔らかくて、儚くて。
そして、奇麗な。

珠紀に似合わない言葉の羅列だと思う。

でも、そんな顔をしたんだ。


その笑顔からは、何を思っているのかは分からないけど。



俺は、その時こう思った。


こいつは…珠紀は、いつかここからいなくなってしまうんじゃないか。


その時がいつなのかは分からない。

でも、確かに、そう感じた。




「…スクアーロさん?」


「っ、あ…あぁ。

お前が、そんなセリフを瞬時に考えられるなんて思ってなかったから、少しおどろいたぜぇ。」


「え、ひっど!
わたしだっていい事の一つや二つ言いますー。」




俺やベル達の言う冗談に、すぐにふくれっ面になってムキになる珠紀。

…『それが可愛い』なんて、言えるはずもねえよなぁ。


いい加減、俺だって気が付いている。

そんなに鈍くて、暗殺者が務まる訳が無い。



いつかはいなくなってしまうかもしれない。

会えなくなるかもしれない。


それこそ、どこかに嫁にもらわれていくことだってあるかもしれない。


だが、今は確かにここにいる。
珠紀はここにいる。

こうして冗談を言い合って、皆に笑顔を振りまいて。



だから、今俺に出来るのは、二日後の今頃、こいつの兄貴が帰る手前。



珠紀の望みが叶うよう、全力を尽くすことだけだ。




「あれ、帰っちゃうんですか?」


「いつまでも長居してる訳にもいかねえだろぉ。

おっかねえ兄貴まで来たら大変だからなぁ。」




ノブを捻り、少し立て付けの悪いドアを押す。




「あはは、それもそうですね。

じゃあ、よろしくお願いしますね。」


「あぁ。

じゃあ、邪魔したぜえ。」




そして、開いたドアも閉まりかけようという時のことだ。




「ありがとうございます。


スクアーロさん。」




――パタン。




「……………。


…マジかぁ。」




ドアが閉まっていて、心底よかった。





―――――
『こんな赤い顔、見られたら堪ったものじゃない。』

隊長フラグすげえ。


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