039「突拍子くらいあってくれ」
あの後、わたし達ヴァリアーのメンバーは、無事にぃを交えての夕食を終えた。
ルッスーリアがオカンみたいなこと言ってたけど、気にしたら負けだと思う。
「双子のママンになった気分だわ〜ん、キャッ!」
とか言ってたけど、これも気にしたら負けだと思う。
てか別に母っぽいことしてなくね?面子だけじゃね?
とかも言ったら駄目だ。
ばふっ
「…はぁーあ……」
ベッドに倒れ込んで一息。
思えば、イタリアに送られてからも、早3ヶ月が経った。
って考えたら、にぃが迎えに来るの結構遅かったな。
まあ、都合は良かったけど。
この柔らかいベッドにも、重厚な扉にも、天井まで届く大きな窓にも、やっと慣れてきた頃。
初めのうちは、ベッドで身体は痛いわ朝は眩しいやらで、色々大変な思いをしたものだ。
朝食だってそうだ。
初めは、硬いパンにヌッテラを付けるだけの簡単な朝食にも、心が折れかけた。
いきなりビスケット十枚渡された時には卒倒しかけた。
ミソスープが無いから。
目玉焼きもレタスも魚も何もかもが無いから。
まあ、美味しいけどね。
更には、カプチーノと一緒にそれが出てきて、「これどうするの?」と聞いたら「砕いて入れるのよ」って返って来た時には、泣きそうになった。
あれだよ。
気持ち悪さで言ったら、クルトンみたいな感じ?
あれ自体は美味いんだけど、たまにいるじゃん。
“コーンスープにクルトン少々”じゃなくて、“クルトンにコーンスープをかける”奴が!
まじもうクルトニストだよ…
クルトンキチガイだよ……
基本的にはお風呂が無いことや、室内に土足で入る文化にも慣れなかった。
でも、今ではこれが普通なんだ。
…土足は、未だに馴れないけど。
「……気持ちの整理…ね。
簡単に言うね、にぃもさ…。」
今なら普通の生活にだって戻れる。
にぃはそう言った。
そりゃ、ここにいれば嫌でもそのうち、人を殺さなければいけない日が来るだろう。
わたしにとって、それはかなり辛いことだし、出来ることならしたくないこと。
だけど、今から普通の生活に戻って、わたしはどうなる?
どうすればいい?
リングだって作られて、やっと部下(自分より強いのもいるけど)を従えて、信頼も得てきた頃だ。
この半年間という短い時間の中で築き上げてきたものは、そう簡単に棄てきれるものじゃない。
それは確かだ。
でも…
にぃが言ったことも、何一つ間違ってないのも、確かなことなんだ。
残って今いるこの場所を大切にしたい気持ちと、戻ってこれまでのように一般人として生活した方が良いのでは、という疑問。
どちらも捨てきれない。
ここに残れば、にぃに余計な心配をかけることになるだろう。
かといってここを出ようものなら、きっとボスが黙っちゃいないだろうし。
…そもそも、わたしは何でヴァリアーに送られたんだろう。
よく考えたら、ボスがわたしを名指しで引き抜いたってことしか知らない。
元々、高一の頃からボンゴレファミリーに籍を置いていたわたし。
(満天は入っていなかったらしい。
おそらく、綱吉のアレ的なアレが理由だろう。)
でも、8年前のあの日、わたしは戦うことをやめた。
だから、ボンゴレファミリーの名前も殆ど名札が付いているというだけで、決して戦うことも、そこで働くことも無かった。
あの日を境に、所謂、一般人というものになった。
そしてわたしは、殆どのマフィア世界との関わりを断った。
正直。
戦うことは好きだった。
何せ、ああいう兄だし。
生まれ持った運動神経も中々で、怖いくらいに上手く行くものだったから。
しかしそうは言っても、戦うことをやめてから、もう8年の年月が経った。
当然、殆ど一般人だった。
なのになぜボスは、そんな廃れてしまったわたしを、わざわざ人材派遣したのか?
しかも、値打ちのつかないほどのリングまで作らせて…
「…うん、やっぱ、考えるほど分かんないよなあ。
……………。
寝よ。」
物事全てに理由を求めようだなんて思わないけど、それでも、時には必要な理由もあるものだ。
まあ、ああだこうだとは言っても、実際心の内じゃ「これから自分がどうしたいか」くらい、とっくに決まっている。
まだ、声に出すには少し覚悟が足りない段階ではあるけど…。
意志は堅いつもりだ。
わたしは、重くなる瞼と遠退く意識に逆らうことなく、そのまま、目を閉じた。
――――――――――……
―3日後
「――チッ
結局、何の用も果たせてねえじゃねえかぁ。」
俺は部屋に戻るべく、廊下を歩いていた。
色々なことが重なり苛つく頭を冷ましていくように、中央に絨毯の敷かれた床を、蹴るように進んでいく。
大の大人が、昼間からこんな風にしているのも、なんだか変な話だ。
なにせ、近頃の暗殺部隊は、警察のせいで大分暇なのだ。
まるで仕事が無い状態というのも、珍しく無くなってきている。
そろそろクビを切られる奴も出てくるのではないか。
そうなっても何らおかしくはない。
そう思えば、全くやりづらい世の中になったものだ。
とそれはさておき。
この3日間、一見密度の濃いように感じられるようであるが、実はそうでもない。
やるべきことはやったが、やった方がいいことは、何一つとして出来ていないのだ。
タイムリミットは、ボスと満天が帰ってくるまで。
5日間の旅行の予定のうち、既に3日が経過している今、事実的な期限は残り2日間だ。
それまでに俺は、珠紀の意思を確認しなくてはならない。
(まあ、帰りたいと言ったからといって、すぐ帰れるわけでもないだろうが…)
「はぁ…」
もう何度目になるか分からないため息を吐くと、廊下の曲がりに一つの人影が覗く。
角までは元々さほどの距離は無かったため、俺はすぐにその正体を知ることになる。
角を曲がった瞬間、短く「あ」という間抜けな声。
俺は、この声の主を間違えない。
「いや、スクアーロさんじゃないですか。
どうしたんですか、昼間から。」
俺を捕らえた、透き通るような目。
柔らかい真っ黒な髪が、窓から吹き付ける風に靡いている。固まっていた俺の思考は、その時一気に解れていく。
ああ、タイミングが良いのか悪いのか。
眠たげな声で、「暇人なうですか?」なんて冗談を溢したのは、珠紀。
いちいちネタが古い。
今現在、俺の悩みの種の根源となっている人物だ。
「誰が暇人だぁ。」
「スクアーロさん。」
「アホがぁ。
そういう事を言ってんじゃねえ。
お前こそ、何してやがんだぁ。」
俺の問いに、「暇人なうです。」なんて言ってケラケラ笑う珠紀。
アホか。
「あ、そうですスクアーロさん。」
「なんだあ。」
「少しお話してもいいですか。」
「さっきから無駄話してんじゃねえかぁ。」
「真面目な話ですよ、真面目ーな!」
ならいつも真面目でいろ。
と言いたいところだが、こいつにそんな事を期待するなんて、馬鹿というか野暮というか…ナンセンスだ。
すると珠紀は「どうしましょう、場所変えたほうがいいですかね」なんて言ってあたりを見渡す。
「つーか何の話だぁ。」
「お察しの通りです。」
「察してたら聞かねえだろ。」
「…空気読めよ。ぼそっ。」
「お前、段々フランとベルに洗脳されてきてねえかぁ。
日に日に性格が歪んでいってるぞぉ。」
「余計なお世話です。
っていうかですね、ぶっちゃけヴァリアーに残りたいんですよ、わたし。」
ぶおーーーいお前…ぶっちゃけすぎだろ!!
何でだよ。
たった今「場所変えますか」なんて言ってただろうがぁ!
それをお前…「真面目な話」なんて言ってた割に、一息で終わらせちまうってどうなんだぁ。
いや、確かに真面目な話だけども。
「ということなので」と、珠紀は親指で後ろの曲がり角の方向を指した。
あぁ、自分の部屋に来いってかぁ…。
なにせヴァリアーのアジト内、=城なのだから、当然広い。
部屋までは決して近くないが、まあ仕方ない。
この話は、あまり外に出すべきではないのはこいつもわかっているんだろう。
「それで、ですね。
多分、これにはスクアーロさんもだいぶ頭を悩ませていたんじゃないかと思うんですが…
話してもいいですかね?」
「…そのために呼んだんだろぉ。」
「ててぺろ。
じゃあ、手短に話しますね。」
部屋について早々、テーブルを挟み向かい合った椅子に座るよう促されると、珠紀は「真面目な話」とやらを始める。
コホン、とわざとらしい咳払い。
「さっき言ったとおり、わたしは、ヴァリアーに残りたいと思っています。」
「…あぁ。」
単刀直入とはまさにそのこと、と言うか。
さっき聞いていたことながら、やはりこう、いざ改まって聞くと、謎の安心感に包まれる。
「よかった」と。
まあ、こいつの兄貴にしてみればそれは不謹慎極まりないのだろうが…
近頃のこいつのポジションはといえば、もう何年もヴァリアーにいたような感じなのだ。
いなくなれば、誰もが寂しいと言うだろう。
こいつを妹のように可愛がっているルッスーリアも。
こいつに変な気を起こしているであろうベルやフランも。
俺自身も。
まだ、帰って欲しくない。
なぜかと問われれば、まあ、答えには困るが。
なんとなく、嫌なのだ。
こいつに会えなくなる、というのが、嫌で堪らないのだ。
嫌なだけなら、俺だって大人なのだから我慢くらいはする。
が、不思議なことに、「珠紀がいない」ということに、違和感まで覚える有様な訳で。
「反応うっすいですねー。
嫌なら帰りますよ、別に。」
「誰もんなこと言ってねえだろぉ。」
「…まあいいや、続けます。
そこでですよ。
ここから重要ですから、よく聞いてください。」
そう言って、珠紀は俺の目をまっすぐに見てくる。
赤い唇が、微かに動き始める。
「スクアーロさん、わたしと付き合ってください。」
―――――
スクアーロのキャラ崩壊。
でもフラグは再建。
おぼろろしてない時に書いてたら書き終えた。
びつくり。
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